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    底のない貯金箱

    2012-11-08 05:18 / Category: 心に響く話
    DSCF7770.jpg
    これはレーちゃんの貯金箱
    コインを渡すと、この棚へよちよちやって来て蓋をとってお金を入れる。
    そして、こうして大事そうに蓋をして棚を閉じる。
    その動きがカラクリ人形みたいで、ウケて、何度もコイン渡しましたよー。
    (レーちゃんについては愛しのレーちゃんにて)


    中のコインは、ほぼ5フラン。500Yen玉のように硬貨で一番大きい硬貨だから
    いかに周りの大人がレーちゃんLOVEになって、大きいお金をあげているか分かってもらえるかしら(笑


    彼女は幸せな幸せな女の子。
    温かく大きな家に、たくさん遊んでくれる両親が居て、
    おじいちゃんおばあちゃんも頻繁に遊びに来てくれていっぱいチューをして抱きしめてくれる。
    そのおじいちゃんおばあちゃんの親友夫婦は、ベビーシッターもしてくれて、彼らも愛情と興味を惜しみなく注いでくれる。
    また、別の叔父も叔母もレーちゃんの笑顔を見に時間を見つけては通っている。

    今の彼女は本当に姫様。
    彼女に会いにみんなが集い、彼女が笑うとみんなが笑い、彼女の発する言葉にみんなが耳を傾ける。
    彼女が頭をぶつけて泣いてしまうとみんなが心配になるし、
    彼女が怒ると早く機嫌が直るようにみんな見守っている。

    外を歩くといろんな大人が振り向くし、
    彼女がこけてしまいそうになると、周りの大人は手を差し伸べる。


    彼女は幸せな幸せな女の子。
    でもそれは彼女だけが持っている幸せではなく、
    多くの生まれてきた子供たちが経験してきたこと。


    私が小さかった頃も。きっと。


    どれだけの人に温かいまなざしで見てもらったのだろうか。
    どれだけたくさんの人に微笑みかけられのだろうか。
    どれだけの人に手をとってもらったのだろうか。


    いろんなところから与えてもらった愛情への喜びは
    自分の中にしっかり溜まって、私が終わるまで蓄積されていくのみ。 
    その1つ1つが思い出せなくても。



    何十年も前に、私を抱っこしてくれた人全てにありがとう。
    そして私に微笑をくれた、たくさんの名前も知らない大人たち、ありがとう。


    私は大きくなったから、今は周りの子供を抱っこしています。
    そして私もまた、見知らぬ赤ん坊に微笑みかけています。
    あなたたちがしてくれたように。


    ありがとう。ありがとう。


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    原子力発電と節電について(長文です)

    2011-03-21 06:45 / Category: 心に響く話
    誰もが同じだと思いますが私も例外なく地震発生からこの1週間強、
    犠牲者が増えてませんように、被害が拡大しませんようにと祈る気持ちでいっぱいで、
    昼も夜も気が張って布団に入っても寝付けず、朝起きても疲れている状態でした。

    昨日から「原発」関連ニュースで事態がこれ以上悪化しないと判断できるニュースが流れていて、
    心からほっとしています。
    と同時に今日になって、がれきの中から2人の命が未来に繋がったニュースを見て涙しています。
    どうか、1人でも多くの方が生きて見つかることを切に願うばかりです。


    先日、いつもは冗談言い合って最高に面白い友人から、考えさせられるこんなメールをもらいました。

    *****
    電気はあまりにもみじかで、原発はあまりにも遠い存在でした。
     関西にも近くにたくさん原発はあるのにどこか他人事のような、まさか事故なんて起こらないと思い込んで過ごしていました。 原発の事調べてて気付いたけど、日本ではほとんどが、推進派か、反対派の意見しかないという事。 客観的にみている、というのが全然ないのです。
    推進派はもちろん安全で、エコで環境に優しいと言ってます。日本人のほとんどが今までこれを信じてきた訳ですが、反対派の意見は全く正反対で、知らなかった驚くべき事実も沢山ありました。両方みて見るとどちらが真実で本当の事が何なのかわからなくなります。
    今わかる事は電気をたくさん使うためにウランやプルトニウムを使うのは、あまりにリスクが大きすぎる、という事です。 事故を起こすともちろんだけど、原料の後始末とか廃炉の処理なんかも、未来に残す負の遺産でした。それに原子力は永遠にあるものだと思ってたけど、これもいずれなくなってしまう鉱物だった事も知りました。 こんな事も知らずに平気でいた自分が恥ずかしくなりました。
    *****

    こんな時だからこそ真剣に話してくれる彼女に精一杯ありがとうと思いました。
    そんな話、誰かとしたかった。
    私もこのところ頭が痛くなるくらい考えてました。

    私はこんなふうに答えました。

    *****
    原発については私は反対側の意見でした。
    でもそれは原発について知っているからではなくて、過去の原発事故の悲惨さや、
    オカルト的に語られる
    「若狭湾の魚は異常にでかい」とか
    「原発近くに咲くたんぽぽはひまわりぐらいにでかい」とかそんなことを聞いたりした結果です。
    (大阪近辺でいうと若狭湾近郊に原発がたくさんあります)

    でも、人が暗闇を無意識に怖がったり、幽霊を怖がったりするのと一緒で
    目に見えないこと、自分の予測範囲をはるかに超える現象があるのって動物的に怖い。って思うでしょ。
    その感覚だけで十分、それが生き物としての直感で、
    直感はやっぱり信じるべきだと思うし、
    だから、無知で言う「ただ単に怖い」っていうのは完全に間違ってるわけではないと思います。


    以前アモーレ弟と原発の話をしたことがあります。
    彼は物理学の研究者だから原子力エネルギーは上手く使うと本当にありがたいエネルギーだと言ってました。
    研究者の立場からするとやっぱり一番クリーンなエネルギーらしいです。

    それでも。。。

    ずいぶん以前、原発の使用後の燃料の始末の場所に困って、
    日本ではパプアニューギニア?かどっかの海にコンクリートづめにして送っているとテレビで見たことがあります。「安全だから」と言って多額の国への生活保障と引き換えに沈めているといる内容でした。

    お金を払って廃棄ごみをあのきれいな海に沈めている。
    今はあのテレビを見た頃より(20年くらい前?)たくさんの国が原発をもっています。
    それぞれの国が、廃棄できない廃棄物を抱えて地球のどこかに捨ててるのでしょう。

    これからの地球は原子力に頼るしかないのでしょうか?


    イタリアに来て、いろんな意味で不便な生活をしています。
    基本日曜、祝日にはお店は休み、
    コンビニなどの24時間営業、夜遅くまで開いてるドラックストア、深夜まで営業のレストランもない。

    突然停電になったり(もちろん復旧も突然、連絡なし!! )、
    月に1度はショーペロと呼ばれるストが決行され電車や地下鉄が走らなかったりします。
    (お前らの仕事はストかよ!!って逆に思うくらい頻繁)

    ストになるとお構いなしにミラノの地下鉄が止まるので、
    私も1時間ほど、うちの近くを通るバスが出るバス停まで歩きます。
    (バスはショーペロ中も30分に1本とかで走ってる。
    でもバスがすぐに満杯になるので1回では乗れないこともたびたびある)

    そうなると、家に帰れない人が多いので、
    ショーペロの日は電車が走る時間帯(朝~8時45分、夕方15~18時まで)に行動する人が多いです。

    私も仕事は10時からだけれど、ショーペロの日は朝9時には職場についてます。
    そして多くの人はショーペロの日は17時~17時30で仕事を終わらせて電車に乗ってかえります。


    日本では節電したり、東京では先週「通常の7割運転」などと言ってましたが、
    私に言わせれば7割なんて十分稼動してます。

    確かにミラノの人口なんて大阪や東京の人口と比べるとごくわずかですが
    (わずかだからそれで回ると言われるかもしれませんが)、
    そんなショーペロの時は不便なのは確かです。

    それでもイタリア回っています。


    イタリアの街の街燈は暗めですし、壊れていて電気がつかないところも多いです。
    (数年壊れたままなんてザラです。これはもちろん税金で直すべきですが。。)
    それでも前が歩けないくらい暗いわけではありません。

    道が日本より暗いので街の看板なども光り方はぎらぎらしていません。
    それでも看板の字は読めます。

    イタリアは車社会ですが、高速道路の街燈は1つ置きに点灯されてることもめずらしくないですし、
    日本にくらべてずいぶん街燈の数が少ないとも思います。
    ほんの少し都心を離れると街燈の感覚がとてつもなく離れていることも多いです。
    街燈がない場所も多いです。
    というかそっちのほうが多いのかも。

    でも車にはライトがあるし、見えるものだし。
    それでもライトがなくて危険というなら、夜に無理して動くことはないと思います。

    日本のお店は明るいし、昼と同じまぶしさがある通りなんてざらとあります。
    24時間のお店があちこちにあって、物流や配送サービスは過剰というくらい夜中も動いています。

    でも、こちらに居ると、ないなら、ないで回るんだな。
    便利だと思っていた多くのことは「過剰」であったのではないか。とたびたび思います。

    密集して立ってるコンビニなんかは、ご近所のコンビニ同士、商品の多くは似通っています。
    (おにぎりなどの飲食類、雑誌、少しの日用品)同じものを扱ってるのにお互いが24時間営業して、
    電気や人件費を使うことに意味があるのでしょうか?

    確かに消費者は便利ですし、経済もまわるでしょう。
    でも、例えば夜はどちらか1店舗だけでも消費者はことたりることはないでしょうか。
    例えば、「半径何百メートル以内は1店舗、他店同士順番制で営業する」と決めるとすると、
    他のお店は夜は閉まるわけだからその分電気の節約が出来るし、
    働く人も夜寝れて人間らしい生活が出来ると思います。

    飲食店もそうです。夜中に食べるラーメンは格別ですが、
    なければ、ない生活は出来ます。

    少しお店を閉めれば、少し帰宅が早くなるはず。
    そうなると節電にもなるし、家族で過ごす時間も増える。
    家族で過ごす時間が増えるとそれだけ家族愛も増す。

    夜だけではありません。
    こちらでは夏の日中は
    (と言ってもサマータイムのため、閉店の7時くらいまでは十分明るいので1日中のお店もある)
    店内の蛍光灯がついていないお店を見かけます。
    暑いからクーラーをすぐ点けるのではなくて、
    暑いから店内の電気を消すのです。
    外から見れば一見暗いのですが、店内に入れば目はすぐに慣れて見えますし、
    買い物をするあいだの時間くらいどうってことはありません。
    もし、そこがカフェだとしても扇風機さえ回っていれば、それほど気にならないものです。
    イタリアと日本では湿度が違うと言われるかもしれませんが、
    こちらでは「ひさし」や「よしず」も当たり前のように使われています。


    つまり、それは「暑いからクーラー」という考え方より、ワンクッション。
    昔ながらの知恵で暑さを遮断する方法が国民的に浸透しているからだと思います。


    もちろんクーラーは使われています。
    うちのお店も夏はクーラーをつけていました。

    それでも従業員はジャケットを着ていると少し汗ばむ温度で設定されていたし、
    (買い物に来る人はノースリーブなどなので、問題ない)
    事務室、休憩室がある階はクーラーで冷やされてなく、窓を開けて自然の風。

    だから、その階に行くとみんな「暑い」と文句は言ってはみても、
    1日中クーラーの涼しい風にさらされるより健康にいいことを分かっています。

    少しだけクーラーに頼ると
    「夏の暑さ」はそれなりにしのげるように慣れてくるのではないでしょうか。

    ちなみに、先に話した地下鉄やトラムも夏はクーラーがついていません。
    (新しい車両にはついています。)
    だから各車両の窓が思い思いに開けられていたりします。


    そんな生活今の日本でできるわけない、理想を言ってるみたいですが、
    少しの不便は逆に人間を豊かにすると思います。

    そうした時に使用する電源の量も変わってくるのではないでしょうか。

    たとえば原発に頼らなくてもまかなえるようになるのではないでしょうか。

    つくづく思うのですが、今後日本が世界に売れるウリは
    ○礼儀正しく、忠義がある人たちの国であること
    ○自然が美しい国であること
    ○TOKYOという世界にも類を見ない街があること
    ○独自の進化をしてることそして、
    ○安全であること

    だと思います。

    最新技術だとか、経済大国だとかそんなものは時がたてば他の国がとって変わることです。
    1位というのはいつでも2位以降がとってかわる時を待っているから、
    (れんほーの2位じゃだめですかではないけれど。。)
    そんなものは日本の魅力でもなんでもない。

    日本に生きる人たちが魅力なんです。

    そして日本はどれだけ治安が悪いといってもまだ安全なんです。
    八百万の神が創った自然もある。
    えらそうに言うと、そんなとても大きな魅力を日本人は分かっていない。

    私はそう思います。
    その美しく、小さな島国が汚染される可能性が高い原子力は本当に必要なんでしょうか。


    そこにあるものを上手に利用してモノをつくりだすのが
    日本人の得意とするところなのではないでしょうか。



    だとしたら、風力、水力、火力発電でまかなえる量の電気をさらに大きく使えるヒントを見つけられないでしょうか。

    以前、これまたテレビで、人が歩き地面を蹴りだす力を電気に変える実験がされてるのを見ました。
    例えば、1日何万の人がすれ違う駅の構内や、階段、
    そして世界一人が交差する渋谷のスクランブル交差点。
    そんなところの地面にこのパネルを設置すると、人が歩くだけで電気になる。
    といったものでした。
    自分たちが動いて、それがエネルギーになる。それなら何も汚さないのでは?

    そんなすばらしい技術も開発されています。
    そんな技術が研究にとどまらず、商品として販売される日が来るのではないでしょうか。

    それともやはり利益が原発のほうがずっと大きいのでしょうか。


    だとしてもほんの数十年の利益より、何百年先の未来の利益を心から願います。


    *****

    繰り返しますがイタリアの生活は不便がいっぱい、もっとアナログなことが多いです。
    イタリアは外国から電気を買ってます(また別の問題なので別の時にお話します)が、
    「節電しよう」としている訳ではなく、国民生活が全体的に日本より「節電モード」です。

    生活の水準は落とさなくてもいいと思います。
    それでも1人1人出来る節約はたくさんあると思いますし、
    その結果、必要総電力量が少なくなれば、
    新たな原発が建設されず、古くなった原発を閉鎖していくことが出来るかもしれません。

    そしたら30年後には原発はなくなるかもしれない!!


    私はそう考えます。
    皆さんはどう思いますか?

    原発に対しての論議がしたいわけではないんです。
    原発賛成でも反対でもいいんです。
    一緒に、こんなことが起きた時だから少し考えてみませんか。
    きっと言いたいことがごちゃごちゃになって皆さん、書くのが面倒になるだろうから
    コメントいただけなくてももちろん結構です。

    友人が言った
    「電気はあまりにもみじかで、原発はあまりにも遠い存在。」

    というのはその通りだと思うんです。
    いつもパチッと指一本でつけることの出来る電気だから
    身近すぎて改めて考えることってなかなかないじゃないですか。

    今回、友人が 「節電のこと、原発のことを考えてブログに書くきっかけをくれた」ので、
    私も、「きっかけの輪」を広げたいだけです。

    みんなが考えるときっと小さいことでも未来に向けて何かが変わると思うんです。


    イザユケカメムシのJunbugちゃんのブログより
    風評被害という記事へリンクします。

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    アフリカーニの現実2

    2007-04-01 20:27 / Category: 心に響く話
    アフリカーニの現実(クリックで別の話)からの続きです


    最後の授業の日、次のコースへ参加する人の確認が行われた。
    全員次のコースを受けるはずだったけれど2人は次を受けないことになった。
    来週から1ヶ月で職業訓練コースが開かれるのと日にちが重なるからというのが理由だった。

    私達は言った。
    「職業コースは次の月もあるから、まずはイタリア語の次のコースも受けたほうがいいよ。
    イタリア語をもう少し理解できるようになってから、職業訓練クラスとったらいいやん」

    返事はこうだった。
    「俺らには1日も早く仕事がいる。
     1日も早くカリタスを出たいし、生きていくにはお金がいる。」

    イタリア語がもっと理解できたほうが、雇用主にだまされたりすることもないだろうから、
    勉強したほうがいいよ!!学校行こうよ!とも言ったけれど、
    彼らの考えは変わらなかった。
    彼らの言うことももっともだったのでそれ以上言わなかった。


    最後の授業は、いつもより早く昼下がりに終わった。

    せっかくの天気のいい日。私達はミラノの中心地に散歩に出かけようということになった。
    みんなイタリア語辞書を片手にミラノの町を散歩した。

    一緒に行った友達に、もう一人女の子がいた。
    ロセリーという。彼女は南アメリカからやってきた。経済状態が悪かったから。
    以前彼女が、学校で彼らにコーヒーをおごってるのを見かけた。
    私はちょっとしたおやつなんかは持参してみんなで食べたりしたけれど
    おごったことはなかった。
    なんというか、世界的に経済状態のずっといい国からきた私がおごっていないことに少しあせりを感じていた。
    なので、

    「せっかくだしアイスクリーム食べようよ」

    そういってみんなをバールへ運んだ言った。

    もちろんアルコールで軽く一杯でもよかった。
    でもそれは、なんだかものすごく「おごってあげた感」が大きい気がして、
    彼らが借りを感じる気がした。それが嫌だった。

    彼らは選ぶのを躊躇した。「そしていらない」と言った。

    「こんな天気がいい日だからアイスクリームが食べたいし、
     一人だけ食べてるのってやらしいやん。」
    と言ったら、彼らは選んだ。

    みんなでミラノのシンボルであるドゥオーモ(でっかい教会)の前でアイスクリームを食べた。
    1人が言った。
    「これが現実なんだよなー。
     お金があったらレストランで椅子に座ってアイスクリーム食べれるのに。
     なんかむなしい。」

    私はこの2週間、この彼はプライドの高い人なぁと思っていた。

    彼がこんなことを少し目をそらしながら言った様子をみて、
    私は彼のプライドを、おごったことで傷つけたかもしれない。。。
    と少し、申し訳ないと思いながら口から出た言葉は、

    「あほちゃう?椅子なんかいらんやん。
     こんな天気のいい日に、友達とアイスクリーム食べながらダベルのがええんやん。
     レストランやったらでかい声で話しできひんやん!!」

    少し、彼の意見を押さえ込みたい勢いで、声も大きくなった。
    ロセリーもすぐに「そや、そや!!」と相槌してくれた。

    彼もほかのアフリカーニも笑った。

    アイスクリームと辞書を片手に、彼らの今の日雇い仕事のこと、住んでる場所のこと
    私の話なんかもして、またね!連絡してね!と別れた。


    帰宅して、いつものように今日あったことをアモーレに話した。
    授業のこと、授業中の面白かったこと、
    数人が次のコースを受けないこと、その理由、
    今日知った新しい話。
    そして、アイスクリームを食べながら感じたこと。
    そのうち、この2週間分の自分が感じた喪失感と無力感を語っていた。

    ある日、クラスの1人がもうすぐ宿無しになるのを聞いてショックを受けたロセリーは
    親に話したらしい。
    そして次の日、
    「お父ちゃんが体力仕事してるんだけど、最近年とったからきついって。
     もしかしたら仕事を一緒に出来るかもしれない。給料は安いけど。
     とにかくここに電話して。」
    と彼に仕事のくちを紹介していた。
    私は彼女のやさしさと行動力に感動したし、私はいったいなんだろうと思った。

    私はクラスメートに何もしていない。
    そして今の立場だと何も出来ない。
    ただショックを受けてしゃがみこんでるだけに思えた。

    話しながら涙も鼻水も溢れてきた。
    止まらなかった。

    アモーレは黙って聞いてくれた。
    そして、「今度彼らをランチに招待したい?」 と言った。うん。そうしたいと答えると、
    「じゃぁ、その日は俺がご飯作るね」と言ってくれたからまた泣いた。


    いつも大きなことが起きたら、たくさん泣く。
    たくさん泣いたら次の日にはいつも頭の中が整理されるから。


    そしてたくさん泣いたからブログに書けると思った。


    アフリカーニのことたくさん悲しい現実を書いたけれど、
    彼らはイタリアで前を向いて生きている。
    私も今は友達。
    これからは何かしら力になれることがあると思うし、
    そうなれるように自分ももっとここで強くならなくてはと思う。

    重たい話だったけれど、最後までよんでくれてありがとうございます。

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    アフリカーニの現実

    2007-03-31 22:23 / Category: 心に響く話
    昨日で終わった学校に行って

    (関連話)
    イタリア語語学学校ゼロEuro、足代、ランチ、学費込み
    アリサババ フフン
    イタリア人は子供より犬が好き

    一番よかったことはまだ出会えてなかった人たちと出会えたこと。

    それは立場のまったく違う人たちアフリカーニだった。
    出会ったアフリカーニは国に住めなくなったか、国を追われてきた人だった。
    いわゆるボートピープルと呼ばれる人たちだった。

    ある人は自分の国を車で4日かけ他国へ向かい、そこからさらにジープでサハラ砂漠を10日かけて他国へ脱出。
    そこからモーターボートで3日間かけてイタリアのシチリア島へ着いた。
    (ちなみにシチリアはアフリカから近いので移民希望者がめざしやすい)
    そんな思いをして今ここにいる。

    最初の頃はそうとも知らず、語学を覚えたての人の特有のありきたりの質問をたくさんぶつけた。
    「どこから来たの?いつからきたの?何しに来たの?」
    「どこに住んでるの?昨日なに食べた?」
    「家族は何人いるの?ご両親はどこに住んでるの?何をしてるの?」

    彼らの反応は、
    「イタリアしかなかったから来た。」
    「住む場所はまだないよ。昨日の晩ご飯はビスケットとミルク食べたよ。」
    「弟がいたけど死んだ。両親も死んだよ。でも、叔父なら国にいるよ。」
    だった。

    ある日、50,000,000ユーロが宝くじで当たったという記事が新聞に載っていたのを受けて
    先生が「同じ立場だったらどうする?」と1人1人に聞いていった。
    私が一番最初に当てられた。

    「ここにいるみんなに1つづつ家を買ってあげる!余ったお金で大きい船を買ってみんなで旅行に行こう!」

    と答えた。
    その後、それぞれの生徒が答えていった
    「国に帰りたい(アフリカーニではない人だけれど)。国に帰って両親と自分に家を建てる」
    「国に帰れないからイタリアの田舎に大きい土地を買って工場を経営するよ」
    「家族みんなをイタリアに呼びたい。」

    私は、日本で生まれ育って、幸せしか知らないだなぁと少し恥ずかしくなった。
    幸せしか知らないことはものすごくラッキーである。
    そしてそれでいいとも思う。
    けれど、知らなかった現実が大きくて重いのことが恥ずかしくなった。

    私が知っていたボートピープルとは本やテレビからであった。
    本やテレビで、自分の状況を語れる人はこれまたラッキーだと思う。
    それだけ訴える力がある人だとも思う。
    けれども多くの場合は私も同様、そんな力や恵まれたタイミングはない。
    単なる人である。
    今彼らはクラスメートで、友達であり、電話番号やメールアドレスだって知っている。
    隣に座っている人がそんな違う世界で生きてきたということにショックだった。

    彼らに聞いた話では
    イタリアに入国後希望する都市に振り分けられる。
    その後は路上で生活する人もいる。
    もしくはカリタス(カソリックが運営している)
    と呼ばれる集団宿みたいなところに6ヶ月間は無料で住むことが出来る。
    教会では食事が与えられる。
    つまり、カリタスにいる間6ヶ月間は寝る場所がある。
    その間に彼らは生きていくすべを見つけるのである。


    ある日、生徒が1人遅刻していた。
    先生は今朝の新聞を広げながら「たぶん彼は今日こないだろう」と言った。

    「彼の住んでいるカリタスで昨日1人自殺者がでたから、警察が彼らに事情聴取をするから今日は彼はこれないだろう」

    と言った。
    そして彼はその日来なかった。

    後日彼が来たときに先生もみんなも「残念だったね。。」と彼に声をかけた。
    彼は、
    なくなった友達は国を逃れてイタリアに来たけれど、
    ドキュメント(パスポートとか、社会保険ナンバーとか働くために必要な書類すべてをさして)の
    取得にトラブルがあったみたいで、それがないと働けないし、働けないと生きていけないからとってもナーバスになっていた。。。
    と語ってくれた。


    国を離れて生きていくためにイタリアに来たのに生きていけなかった命の重さ。
    心が痛かった。


    続く~

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    会いたい気持ちは千里を超えて

    2006-11-21 23:35 / Category: 心に響く話
    私はものすごく泣き虫です。

    喜怒哀楽や、驚きも全て涙が出てくる。
    しょーもない映画でも、美しい1小説の詩でも、美味しい食べ物でも
    面白い話でも テキストなんかの後ろに、
    ちょこっとついているコラムなんかでも泣いてしまう。

    そんなわけだから、通勤の本選びは
    たんたんと事実がつづられているものや、
    伝記、風土、文化、風習 のような種類の本を選ぶことが多い。

    今週は「死後の世界」についての本を手にとっている。
    宗教によっての「死後の世界」の違いが面白い。
    ただそれだけを、さらっと見ているのでよかった。


    のに。。。




    本の中で「雨月物語」について一部引用している箇所があった。
    これが、私を号泣させた。電車でね。


    =============================================================
    ソウエモンという男が勤めの道中、伝染病にかかった。
    まわりの人はうつるのを嫌がって避けた。
    そこへ、学者で心優しいサモンという男が
    「人が生きる死ぬは天のさだめ。病気がうつることなどあるものですか」
    と看病をする。

    そしてソウエモンは元気を取り戻す。

    ソウエモンは恩返しを誓い、
    そして2人は親友になり、兄弟の契りを交わした。
    サモンはかあちゃんと2人暮らしだったので、かあちゃんも喜んだ。

    しかし、ソウエモンは武士で、出雲への偵察の道中だった。

    9月9日の菊の日には必ずかえってくるからと出雲へ旅立った。

    ----------------
    9月9日。
    サモン親子は、ソウエモンのために家中を掃除し、ご馳走を用意して
    それはそれは楽しみに待っていた。
    家の前で待っていた。

    待っていた。

    待っていた。

    。。。。。

    もう日もどっぷりと暮れたが、ソウエモンは帰ってこなかった。

    サモンは「今日は無理かもしれない」と家に入ろうとしたとき。

    黒い影が動くのが見えた。

    ソウエモンがそこにいた。

    サモンは喜んでソウエモンを招きいれた。ソウエモンは何も喋らない。ただうつむくだけだった。
    サモンはそれでもうれしかった。心ばかりの魚などのご馳走を差し出した。
    ソウエモンはうつむくだけだった。

    サモンは言った。
    「粗末なお料理でおもてなしになりませんが、
     真心込めました。そんなものとは思わないで どうぞお召し上がりください。」

    それでもソウエモンは黙っていた。
    うつむいていた。
    そして、ようやく口をきいた。

    「サモン殿のココロのこもったおもてなしをいやがるわけがありましょうか。
     ほんとのことをいいましょう。 私はこの世のものではございません。
     汚れた死霊が仮の姿をあらわしたのです。」


    ソウエモンが訪れた出雲の国は以前とは情勢が変わっていて彼は幽閉されていた。
    9月9日が近づくにつれていてもたってもいられなかった。
    だけど幽閉の身。脱出もできない。

    約束の日に、
    「人間の体は1日で千里はいけない。魂なら千里を超える」
    と思い出し、自害して彼に会いにやってきた。



    ソウエモンの苦悩を思った。
    1日1日がどれだけつらく、契りを交わした家族をいとおしく思ったのだろう。


    ====================================================

    この物語の終わりは、サモンが敵討ちに行くのだという。


    幽霊の話だけど、怖くなくて、今も書きながら涙が出てきてる。
    「雨月物語」読んだことなかったから、読みたくなった。
    でも、電車ではよまないぞ。

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