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    きっかけは、さんごちゃん

    2007-05-31 17:37 / Category: イタリアーノな彼
    ゴールデンウィークの予定を立て出した頃、友達のさんごは、
    「GWは八重山に行くことにしたよ」
    と言った。
    彼女にとってはいつものコースである。
    彼女は「GWは」ではなく「まとまった休み」は沖縄の八重山諸島で過ごすことが多い。

    「いや~ん、うらやましい」


    GWが終わり、八重山の様子をメールでくれた。
    ステイ先でのこと、一緒に行ったことのあるお店でまた買い物したこと。。

    「わぁ~、うらやましい」と思った。

    そして三線も少し思い出した。


    +++
    こちらに来て5ヶ月も過ぎ、最近はアモーレも落ち着いてきたようで
    趣味のギターを取り出して弾いていることがある。
    見ていると私も三線を思い出す。
    三線がここにないので、アモーレのギターを触ってみる。
    弾けないので43秒であきらめる。

    +++
    おかんが言った。
    「大島さんのライブ(もちろん三線を片手にライブする人)
     よかったわ~ 友達なんて踊りだしたのよ」

    +++
    また、おかんが言った。
    「三線、四つ竹(琉球舞踊曲。ムツカシイ曲。)に入ったよ~、ムツカシイのよ~。」
    ミクシー友達の朱鷺さんも「四つ竹」の話をブログでUPしていた。

    +++
    ミクシー友達のhoneさんはウクレレ話が写真つきでブログにちりばめられている。


    「三線。。。元気かな。。。」


    そう思い出した頃、さんごちゃんが
    「ねーねーさんと一緒に加治工さんライブ(三線の人)に行くのよ~」
    とメールをくれた。


    里心はまだついてないけれど、
    三線心は少しついてきたみたいと感じてきた今日この頃。


    おとといアモーレが

    「ネットで三線見つけたから買ったで~  ナビアが弾けるように」

    アモーレは、何気に三線の話を良くするようになった私に
    「弾かせてあげたい」と思って探してくれたのだと。
    「値段が高いよ」と驚く私に、
    「高くないよ。プレゼントしてあげたいから!」と言ってくれた。

    三線が届く日は、アモーレに沖縄料理でお礼しようと思う

    PS。さんごちゃんがライブの報告してくれる頃には
       三線片手にメールチェックしてると思います

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    言葉と文化

    2007-05-29 10:10 / Category: ブログ
    私は大阪弁を使っている。無意識でも意識的にも使っている。
    大阪で生まれて育ったので、その「訛り」は使っていきたと思って使っている。

    私は出来れば学校で「訛り」の授業を必須でして欲しいとも思っている。
    その土地でしか伝わらない言葉がたくさんあると思っているから。
    せっかくその土地にいるならお土地訛りの方言も喋れたほうが得した気分で楽しい。

    沖縄の三線を習っていて散々注意されたのは
    「ウチナーグチ」という沖縄の方言。
    三線は弾きながら歌うことが大事。
    この言葉の多くはドラマの「ちゅらさん」などで見れるような訛りではなく、
    もっと古い言葉。
    唄というのはやはり言葉の真意を理解して状況が目に浮かばないとダメになる。
    人が多く歌う古典や民謡では上手い下手が顕著に現れる。
    先生に言葉を訳してもらって理解しているつもりでも
    体の奥でひらめくリズムが沸いてこないのだろう。

    先生はよく、
    「なびあちゃん、かーちゃんの唄聞きや。
     かーちゃんはやっぱり、うちなんちゅーやわ。
     味があるのよ。うちなんにしか出せない味があるのよ。」
    と言う。

    うちのおかんが子供の頃は日本語教育のために
    家ではウチナーグチ、学校では「日本語」という喋り方をしたらしい。
    そのおかげでおかんはどちらも喋れる。
    私の沖縄の従妹などはウチナーグチを「理解」はできるが喋りはしないと言っている。

    「もったいないよね~」と従妹が言う。
    「もったいない」と私も思う。

    有志で沖縄の言葉を学ぼうとしている人もいらっしゃるようだから期待したいけれど。。


    +++
    アイルランドは英語が喋られている。
    それはイギリス統治からの話で、アイルランド人は本来あった言葉「ゲール語」を忘れかけていた。
    近年、それではいけない。と必須科目として学校で教えている。
    ホームステイさせてもらった家族には9歳になる子供がいた。
    ゲール語の教科書もあり、彼女は私にゲール語を教えてくれた。

    親としては、この先使いもしないゲール語を教えるよりスペイン語か中国語を教えてくれる方がいいと思う。
    と言っていた。
    この意見はたいていのアイルランド人も同じ考えで、学校のテストが終われば
    「もう忘れた」と言っている人が多かった。

    けれど、100人に1人でも、150人に1人でも確実にゲール語が好きな子供は出てくる。
    民族として忘れてはならないものを育てるとするならば、いい方法だと思う。

    アイルランドには小規模だけれどゲール語を第一言語として使用している「ゲールタクト」と呼ばれる地域がある。
    ここでは普通にゲール語が話されている。
    もちろん英語も通じる。

    +++
    約150年前までイタリアという国は存在しなかった。というのも大きく関係しているのだろう。
    イタリアは方言だらけである。
    「方言」という言葉では生ぬるいかもしれない。地方語が発達しているらしい。
    (この話は別の機会にもう少し詳しく書いてみたいと思う。)

    アモーレは地方語を使う。
    アモーレの友達(別の地域出身)も地方語を使う。
    つまり、地方語はばりばり健在で使われている。

    ところが、ミラノ近郊では私と同世代でも数個の言葉しか理解できない人が多いらしい。
    親は使うが子供は使えない。知らない。という。

    「なんで?」と聞くと、みんな「う~ん、必要ないから。」と答えてくれた。
    確かに。通じる言葉があればそれでいいのだけれど。

    都会は1世代先に統一化されたんだ。と感じた。
    アモーレの子供の世代にはミラノのように、地方語が喋られなくなっているかもしれない。

    風土と言葉と文化はどうしても切れないものだと思う。
    グローバル化だからこそ文化が作った言葉が必要なものだとも思う。

    共通語、共通弁で喋るの大いに賛成。
    別に普段方言じゃないとね~なんて思わない。
    ただ、知ってて損はないんじゃないか。
    いや、風土を知ることはものすごい財産ではないか。


    なんでこんなことを今ブログに書いているのか自分でも?である。
    今日の朝寝すぎて、今夜寝れなくなってしまった。(あほ?)
    今、夜中の3時すぎ。草木も眠る丑三つ時。
    寝たほうがいいよね~。

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    勤務中にかつあげ?!

    2007-05-27 02:30 / Category: イタリア生活☆見聞録
    イタリアに来て、日常生活で「あ~とショックを受けることは多い。

    階段から転げ落ちて胸を強打した。
    何日かたったら歩いていると胸が痛かったので
    自己診断で「肋骨のひびだな」と思っていた。
    アモーレが「医者でもないのに勝手に診断するな」と言って私を病院に連れていった。

    病院では4時間以上待った。
    ミラノでも1、2位を争う緊急病院。ということはイタリア中でもかなりのトップクラスの緊急病院と考えてもいい。
    ところが、病院の設備が古かった。
    病院の中の建て方も古かった。
    これは、「歴史ある建物を使っている」というわけではなく
    単に「古い」だった。

    アモーレが
    「なんかショックや~。
     ミラノでTOPクラスでこれっていうのがショックや~」
    と言っていたので、アモーレは都会の病院はもっと最新だと
    思っていたのだろう。

    私も、「イタリアは日本とは違うんだ。」
    とショックをうけたのはイタリア入国後9日目のことだった。

    その後もいろいろショックを受ける。
    ○レジ待ちをしているのに平気で横入りされたり、
    ○家の工事の人が
    「今日は熱で行けない。」「今日の約束忘れていた。」
    と言ってなかなか来てくれなかったり、
    手裏剣八百屋さんでは
    アモーレと行くとだいたい600円くらいで済むのに
    私1人で行くと2700円と言われたり。

    言い出すとキリがないくらい「あ~と言うことは多い。

    ブログにいちいち書くほどではないけれど、
    アモーレなんかに言わなければ気がすまないことはたくさんある。


    昨日、駅の改札口で駅員さんが私に
    「10セントが、、、なんたらかんたら~」
    と言った。

    「ごめんなさい。急いでるの。次の電車に乗りたいから!」
    と慌てる私に

    「10セント!10セントだよ、、、なんたらかんたら~」
    と言って私に10セントを差し出した。

    「あ~、自動販売機で使いたいんだろうけど、 使えないから変えて欲しいんや」
    と思って10セントを財布から探して差し出した。

    彼は私の10セントを取って
    「ありがとう」
    と言って、改札口の駅員さんブースに帰って行こうとした。
    彼からは別の10セントをもらっていない。

    彼を呼び止めたけれど、彼は「OK、OK」と言った。


    「やられた。。。」

    「勝手に両替なんて想像した私が悪い。 なんで、「なんのために10セントが必要なの?」と聞く
     とっさの判断力がなかったのか」

    「あ~~とまた落ち込みながら電車に乗った。


    制服を着て勤務中でもカツアゲできるイタリア人。
    これもまた、日本ではありえない話だと思う。

    イタリアでは騙されないように「賢く」生きることが必要。
    ここでは「騙す」という行為はある程度認められている。

    日本では「ずるがしこい」という言葉は、
    否定的に使う。そこにいい意味はない。

    イタリアでは「ずるがしこい」という言葉は
    褒め言葉としても使う。

    私もいちいち落ち込みたくないなら、
    「ずる」をされても気にしない図太さを身につけるか
    「ずる」をされたら仕返しできる判断力を身につけるかが必要。

    性格上、そして大阪人としても
    「ずる」をされても気にしないほど「お人よし」ではないので、
    イタリアに住む間は「イタリア方式ズル」をする人に
    しっぺ返ししてやれるとっさの判断力を身につけることが当面の目標

    この10セント(16円)はええ授業料やったわ

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    お料理教室

    2007-05-25 19:08 / Category: ブログ
    生徒さんがたった1人だけど、お料理教室始めました

    アモーレの友達で日本好きのステ之助が

    「料理が好きなら、日本の料理教えてよ~」

    と言ったことがことの発端だった。

    「うちでパーティするときに、一緒につくろうよ。教えるから」

    と言ったけれど、きちんと習いたい!と言った。

    ステ之助の日本語がものすごく堪能なことは、
    私のミクシー友達、chipさんが良く知っている。
    chipさんとはただいまイタリア語学校で同じ教室で勉強している。
    彼女が言った。

    「ナビアはステ之助のこと知ってるんだよね? 実は、私、彼に日本語教えてたの!!」

    彼女は日本語教師で、彼に教えていたらしい。

    あ~ なんてミラノは狭いんでしょ


    ++++

    ステ之助には
    「普通に家庭で食べる日本の和食 ナビア流
    を習ってもらう予定です。

    ポークたまごやクーブイリチーも作る日が来るかもしれないけれど
    (どちらも沖縄の家庭料理。 だけどうちではこれも区別なく「和食」になっている。 理由はここをクリッククリック)

    昨日は先日すでに習った「八方だし」を作って、
    そこから味をアレンジし、「親子丼」を作ってもらいました。
    まずは基本の「和食」からと心得ております

    こちらでも高価ではなく簡単に手に入る食材で、
    「和食」を作る、もしくは「和食」にアレンジすることは
    私も楽しみ
    和食を習いたい方どうどいらしてくださいませ

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    緑の指はありますか?

    2007-05-23 18:20 / Category: イタリア語解体新書
    家の中に植物があると空間に文字通り「色」がつくし、
    それよりなにより和む。

    だから、ブリコに行くと(ホームセンターです)
    植物売り場で必ず植物を選んでみる。
    買わない日も多いけれど、とりあえず「今日のお気に入り植物」を選んで満足する。

    今回はかわいいのを見つけたので買おうと思った。
    アモーレに「ダメ」だと言われた。

    「また枯らすからやめとけば。。。」

    と言われた。


    失敬な。。。


    「あの、すぐにダメになった植木鉢は、うちに来たときから元気がなかったの。
     やっぱり無料で配ってるやつやったからやで
     
    その前の植木鉢は、もう花が咲いてしまってたやつやで。
     1年草やから花がしぼんできたら終わりなのよ。」


    「バジルも枯れてきてるよ」

     ※バジルなどのハーブは時期になると鉢植えで1ユーロぐらいでスーパーでも買える。

    「あれは、もう3ヶ月家にいるでしょ???
     あの鉢植えでは3ヶ月が限界なんやって!!」

    アモーレの言う枯れてきたバジル
    midori2

    新しいバジル。元気クローバー緑も濃い
    midori1


    「サボテンも減ったよ」

    まだ1つ残ってるからいいやん!!!
     (もともと1つの鉢に2つのサボテンがあって、
     1つが「黄緑→黄色→茶色」と色が変わっていったので1つ抜いた) 」
    midori4
    後ろの白い鉢もお気に入り
     

    「ナビアは緑の親指がないんやで。。。。non hai il pollice verde」

    non hai (ノンあい) --アナタは~ない
    il police (イルポリーチェ)---親指
    verde (ヴェルデ) ----緑色の



    会話の流れからのお察しいただけるだろう。
    この意味は

    「植物を育てる才能がない」

    という意味らしい。

    ちなみにこの話を学校でしたところ、先生にも

    「サボテンも枯れたの?!」

    という反応があったことから、ここでも

    「 植物を育てられない女 = サボテンも枯らす女 」

    という表現は共通らしい。


    だけど実際はサボテンほどムツカシイ植物はないと思い込んでいる節が私にはある。
    過保護も保護も放置も出来ない。
    1ヶ月の1度の水遣りでいいと言うけれど、前にいつ水遣りしたか忘れちゃうやんね~。

    1月のお誕生日にアモーレが買ってくれた植木鉢。
    midori3

    めちゃめちゃ元気です。
    アモーレ。こういうとこ見て褒めんといかんよ~

    今日は川柳を作ってみました。
     「才能で大事なことは思い込み~」 

    おそまつです

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    Arancini(アランチーニ)の作り方

    2007-05-20 20:40 / Category: 食べる☆イタリアン
    イタリアには、焼きおにぎりならぬ、揚げおにぎりがある。
    シチリアの郷土料理ということはイタリアでも有名でミラノでも屋台なんかで買える。

    今回はオリジナルレシピどおりの材料の分量で作ってみる!とアモーレが言うので
    1Kgのお米をご飯にすることになった。

    1Kgって、うちら、2名やねんけど。。。

    たこ焼きじゃないよ~アランチーニだよ
    onigiri


    今日はアモーレがレシピを書きました。
    イタリア語で書きました。
    私も日本語でレシピを追記しました。
    作るのにはそんなに難しくはありません。
    焼きおにぎりにちょっと飽きたら、アランチーニやってみませんか?

    (クリックでレシピのページへ)


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    いつも使っている理由

    2007-05-20 17:27 / Category: イタリア生活☆見聞録
    イタリア家庭らしく、必ずあるこのエスプレッソ用カップ。

    うちにも6客セットである。

    アモーレがこのカップを買った理由は
    「必要だったし、安かったから」
    というものだった。

    私は素敵なエスプレッソカップを見つけた。
    買いたいと思った。
    でも、家には6客セットがそろってる。。。

    そうや!!割れてもうたら、新しいのが買える!!

    それからは、コーヒーだけでなく
    日本茶も、紅茶も、卵をかき混ぜるのにも。
    下敷きのお皿だって、鉢植えの皿にしたりしている。

    こうやって、ガンガン使っているのに、
    割れて欲しいのに、落としても割れない。

    ロットが当たったら、まずエスプレッソカップを買い換えたかった。
    でも、これはお金がないからではない。
    エスプレッソカップなんて安いものはいくらでもある。

    ただ、なんとなく「いい区切り目」な気がして。

    +++
    結局近日中に買い換えることは出来なくなりました。
    昨日とうとうロットの当選が出ました。(クリックでロットの話)

    1人だけいたんだって。

    エスプレッソカップ、やっぱり全部割れるまで使うかぁ。。。

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    イタリアの宝くじ☆LOTTOに挑戦

    2007-05-18 18:50 / Category: イタリア生活☆見聞録
    今朝のラジオで
    「明日のロットの繰越金額が71.500.000ユーロです。」というニュースが流れていた!!
      (とアモーレが通訳してくれた。 えへへ

    日本円にすると1ユーロ160円として。。。
    160円??高くなりましたね。。。
    計算すると。。。

    11,440,000,000 = 114億??

    「114億円って!!。 114億円、置くんちゃいますで~!!」

    というのは大阪ではお約束で言わなければならない。

    lotto2

    さて、「Lotto」と表記されているこの看板のお店で宝くじが買える。

    イタリアでは「宝くじ屋」が独立して建っているわけではなく、
    BARと併設して建っている。
    入り口は、「BAR」と「宝くじ屋」が並んで建っていて
    BARと「宝くじ屋さん」が中でつながっているところもある。
    lotto3
    写真奥は、トトカルチョの用紙。サッカーくじ。
    右側が、スーパーエナロットSuperEnalottoの用紙。
    手前が、ロットLottoの用紙。

    ☆☆☆
    「ロット」の遊び方は
    1~90の番号から、好きな数字を5つ選びます。

    そして、地域を選びます。
    ここにはイタリアの10の主要都市の名前が記載されています。
    (フィレンツェ、ミラノ、ナポリ、ローマ、パレルモ、バリ。。など)
    この「ロット」は同じ日に、10の地域でそれぞれ抽選されます。
    つまり、10通りの当選番号が「抽選される」ということです。

    自分が選んだ5つの番号が、どの都市で有効となるか
    選択するわけです。
    もちろん、2、3つの都市を選択し、掛け持ちもOKです。
    (掛け金は増えます)
    「全部の都市に」というかけ方も出来ます。
    その場合は当選金額が減ります。

    また、この5つの数字のうちから2つ、3つが「抽選されたらOK」というかけ方も出来ます。
    その場合も当選金額は減ります。

    これとは別に、スーパーエナロットSuperEnalottoという
    宝くじの種類がある。
    今朝のニュースで流れていたのはこっち
    lotto1

    ☆☆☆
    「スーパーエナロット」の遊び方は
    「ロット」で抽選される10都市のうちの(上記記載の)6都市での一番目の数字を当てる。
    というものです。


    ++++
    今日の夜はアモーレとスパーエナロット会議
    選ぶ数字も、使い方も

    明日の抽選結果後には、私の世界は変わってしまう。

    みなさま、ごめんあそばせ。
    今から、笑いが止まりませんのよ~~。

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    トスカーナの旅 キャンティワイン

    「トスカーナ」とは、「トスカーナ州」のことである。
    トスカーナ州に、
    フィレンツェ、シエナ、サンジミアーノ、ボルテッラなどの「街」がある。
    そんなことをわざわざ言わなくても、分かるよ、ナビアちゃんって声も聞こえてきそうだけれど、
    今から「キャンティ」の話をしたいのでそこんとこの土地関係に触れてみた。

    「キャンティワイン」とは「キャンティ地方で造られるワインである」というのは
    良く知られた話である。

    フィレンツェとシエナ間は、車でいくつもの丘を超え、山を越え、小さい川を越えて
    2時間くらいである。
    この山道の名前は「222号線」
    (→地図。イタリアのgoogle地図に飛びます。)
    私が訪れた時は、ピスタチオ帽子をかぶった自転車ツーリングや、
    バイクツーリングたちと、たくさんすれ違ったり、追い越した。
    この道は、イタリアでも有数の「ツーリング道路」らしい。
    kiresa-ne-3

    景色が綺麗だもんね~。体で風を直接受けるのは気持ちいいだろう。

    キャンティ地方は、フィレンツェと、シエナの間だった。この「222号線」を走っていると
    「キャンティ」地方に入ったことがわかる。
    tizu

    この「222号線」は、キャンティにはいると「キャンティ道路」と別名を持つ。

    今回宿泊したアグリツーリズモ(B&B)も、
    フィレンツェから40分ほど走ったあたりの「キャンティ道路」から脇に入った場所だった。


    トスカーナまで行って、しかもキャンティに泊まっているなら、


    「キャンティを浴びたい衝動にかられるのはごく自然な行動でしょ

    アモーレのガイドブックに
    「レ キャンティ ディ グレヴェインキャンティla Cantine di Greve in Canti」 (クリックでサイトへ)
    というエノティカが試飲できる種類が多いと言っている。
    宿からも近い。車で10分ほど。
    「酒~、酒~」と小躍りしながら向かった

    このお店のワインたちは、
    日本でも有名なものや、海外のものもいくつかあった。
    しかし!
    もちろん主役はこの近所で造られた「キャンティワイン」たち。

    入店と同時に戦闘状態で、「飲むで~~」と、グラスをもらいにレジに並んだ。
    ここのシステムは、先に金券のようなカード式チケットを購入する。
    カードにチャージされた金額分のワインが飲める。
    チャージされた金額が足りなくなると、またチャージしなおせる。
    飲み飽きたら、お金が返金される。
    とりあえず、2人で10ユーロ(1600円くらい)のカードを買ってみることにした。

    カテゴリーごとに分けられたミニバーに行く。
    enoteca2

    飲みたいワインを見つけたらカードを差し込む。
    enoteca5

    ワインの上のボタンが点滅されたら、グラスを用意して押す。
    enoteca8
    1度に出てくるワインの量はテイスティング用の50cc

    enoteca7

    それぞれのワインには、50cc の値段と(写真では1ユーロ)
    そのボトルの値段(写真では18.5ユーロ)が記載されている
    ので、飲んで美味しかったらその場でご購入できるという。

    これだけ「キャンティ」という、名だたる「地域特産物」を見せられて、
    購入を考える頃にはヨッパライ。

    実にお金を使いすぎてしまうシステムの完璧さに脱帽。


    私達だってすっかりマジックにかかり、
    飲むだけではさびしかったのでおつまみも購入。

    しかも3.8ユーロ(550円)は安くないけれど、
    そろそろ鈍くなってきた判断力
    さらに、食べてから写真を取り出す鈍い判断力。。
    enoteca6

    このおつまみも、すべてトスカーナの食べ物。
    トスカーナの食べ物に、トスカーナのワイン。
    あ~、贅沢~~、ごくらく~~

    おつまみを食べながら「次は、隣の村のやつ飲んでみる?」
    なんて言っていると、とても最初のチャージでは足りることはなく、
    さらに課金。 課金。課金。あははは。。

    試さなかったけれど、グラッパや、オリーブオイルも同じように試飲できた。

    隣の席の人たちはワイン同好会か何かかもしれなかった。
    ゆっくりワインを試しながら、みんなで意見を交換していた。
    enoteca3

    このお店は、ワイン講習会などもやっている。

    レジで、
    「このワイナリーから直接購入できるのかしら?」
    と聞いているツーリストがいた。

    「小さいワイナリーだから直接は出来ないね
     (許可がいるのか、ただダメなのかは分からなかった)。
     フランコ(このワインの生産者)はね、ここから700m行ったところの畑でさ~」

    なんて答えていた。めちゃめちゃ、地域密着!!
    生きたワイン情報!!かっこいい
    このお店のワイン講習会、楽しそう!!

    アモーレは
    「ナビアをここに絶対連れてきたくて、この町の宿に決めた」
    と言った。
    でかした。アモーレ!!最高!!アイシテル~~!!

    お店を出る頃は、閉店時間で追い出されるころだった。
    明日も来たい!!と強くアモーレに懇願したけれど、
    「朝から飲んだら運転できないでしょ。。」
    と、強く却下された。
    理由は正しい。
    必ず、必ず、近いうちに戻ってくる約束だけはこぎつけた。


    クリックで別の場所へ~
    2007春 トスカーナの旅 フィレンツェ
    2007春 トスカーナの旅 シエナ1
    2007春 トスカーナの旅 シエナ2
    2007春 トスカーナの旅 サン・ジミアーノ
    2007春 トスカーナの旅 ボルテッラ1
    2007春 トスカーナの旅 ボルテッラ クラッシックカーがいっぱい

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    母の日

    2007-05-13 19:40 / Category: OKAN
    イタリアに出発するその日の朝まで、家を出る直前まで、
    うちのおかんは

    「ナビアの部屋、開けて行ってよ。
     荷物残ってたらこの使えないじゃない?
     特に、このたんす。(と、言いながら引き出しを開ける、おかん)
     あら、かたずいて来てるけど、全部どけて行ってね。」

    と言っていた。
    私は荷物の少ない人で、
    ○本はなるべく図書館
    ○シーズンオフの服は常にショーケース1つに収まる
    ○同じ機能のものはなるべく1つで間に合わせる。
     (たとえば腕時計とか同じくらいの大きさのカバンは1つにするとか。。)

    そんなことを言っても、気に入ったものは色違いで買ってしまったり、
    CDは買うのが止められなかったり。。。なんかがあったりもする。

    実家を出て生活していたとき、
    実家から持って出たものが「実家の自分の部屋」にあるすべてではなかった。
    その時に、「結局私が引っ越すときに持ってきたものだけが結局必要なんだ」と思った。

    アイルランドに留学していたのは約8ヶ月。
    実家から持って出た荷物は5~7泊用スーツケース1つだった。
    その中の荷物で生活していた時に、「っていうか、必要な荷物って結局なくて、全部あれば便利な荷物だったんだ。」と思った。

    そんな流れから「荷物は少なく」で満足しているけれど、
    それでも、この部屋にあるすべてを空にしていくことは不可能。
    部屋のすべてを空け、押入れの8分の1のスペースをお願いして、残りの荷物をまとめることにした。


    出発当日。おかんは、「わーい。よくやったね~」と喜んでいた。
    私がまとめたスペースを見て「そこまで小さくまとめなくても良かったのに音譜」と言った。
    よっぽどタンスが空いたのがうれしいらしい。
    機嫌がいい。

    「見送りは空港行きバス停まででいいから。」と行ったので、
    そこでおかんに「行ってきます!」と挨拶した。
    おかんは「泣かないわよ」と言って見送ってくれたが、声も顔も泣き出しそうだった。
    弟の彼女のあみちゃんが隣でおかんを支えてくれていた。
    あみちゃん、よろしくね。。。(クリックで別の話)


    おかんは沖縄からやってきた。
    そして大阪で仕事をもち、家族をもち、子供を育てた。
    沖縄と大阪。
    その距離。
    今でも沖縄に行くことは、少々値がはる。
    私達の小さい頃は、さらに値が張った。
    おかんの田舎は離島。家族みんなで帰省するとなるとものすごい交通費になった。
    ちなみにおとんの田舎は北海道。これまた帰省するとなるとものすごい交通費だった。
    そんなこともあって、うちの家族はたびたび帰省するなんてことは出来なかった。

    そして私はイタリアに行く。
    イタリアと大阪。
    どんなに飛行機代が安くなったとは言え、私がたびたび大阪に帰省するのは難しい。
    子供ができたらなおのこと。

    おかんは、おかんの経験からそれが、ものすごく分かっている。
    距離とはなかなか会えるものではないと知っている。
    それを考えて泣き顔になってるのが良く分かった。


    あみちゃん、、、よろしくね。。。。


    イタリアに着いて、おかんに電話した。
    そしてネットでカメラ付で話すことにした。

    おかんとネット。これを言うと、友達なんかは
    「ナビアのお母さんすごい!! うちの母なんてパソコンって言っただけで逃げるよ!!」
    と言ってもらえるけれど、
    これは、同じことを5700回くらい、3年以上同じことを繰り返し、
    あるときは怒り、あるときはえらい!すごい!と褒めながら教育した私がすごい!と思っている。

    それだけ言っても、おかんはいまだにパソコンをつけたときに
    「いや、どうしたの? 私、何もしてないのに画面が写らないのよ!壊れたわ!!」
    などと言ってのける。

    。。。何もしてないから動かないのである。モニターの電源を入れてくれ。

    というやり取りは、当たり前である。


    電源を入れ、モニターにお互いの顔が移るとおかんは泣きだした。

    さびしいわ~。あんたが空にしていった部屋がとっても悲しい( 私の心:おかんが空にしていけ言ったんやで~
     昨日はあまりにもさびしすぎて、あんな人でも一緒に寝たのよ私の心:あんな人て、おかんのだんなやで~ 」

    と言ってわんわん泣いた。

    「いつでもネットできるやん、24時間つなげてもただやん」とおかんを励まそうと言った。
    娘を遠くに感じさせないためなら24時間、実家とつながっていてもいいと思った。

    そんなにつないでいらんわ~私の心:おいっ!」と言いながらおかんはさらに泣いた。

    私はなだめるしかなかった。

    しばらくしたら、おかんは泣き止んだ。

    「あんたに心配かけちゃったけど、私さびしくて何も出来ないのよ。。。」と言い残して
    最後の涙を拭きながらネットを終わらせた。

    正確に言うとネットを切断しわけではなく、
    おかんはネットを接続したまま、モニターの電源を消して、この部屋の電気を消していった。
    私のパソコンには真っ暗な画面だけが写っていた。

    「あ~、少し悪いことしてるのかなぁ~」

    そんなことを思った。



    1分30秒後。

    再び部屋の電気がついた。

    さっきまで泣きじゃくったおかんが再び入ってきた。
    おかんは両手におかんの服を抱えていた。
    出発前に空にするように言われていたタンスの引き出しを開けた。
    頷きながら、少しにんまり笑っている。

    ナビアの心理お。。。おかん??


    次に、別の引き出しも開けだした。
    また、頷いている。
    一番したの小さい引き出しを開けた。
    おかんは「ちっっ!!」と言った顔をした。

    ナビアの心理おかあちゃん??


    その、「ちっ!!」って以外の引き出しに、おかんの服をどんどん入れだした。


    「めちゃめちゃ元気やないかい!なんや、さっきまでのあの涙!」


    そう思って電話した。


    おかん!パソコンから全部見えてるんやけど、なんや?今の「ちっ!」は?
     それに、何もする気が起こらないって今の今まで言ってたのは誰や



    「いや~ん。私のモニターの電源切ったらもう見えないと思ってたのに。間違えです
     交信切れてないの?おかんはなぜか、交信という。
     ばれっちゃった~。
     でもさっきまではほんとだったのよ。
     泣いたらすっきりしたしぃ~、早く服を移動させたかったしぃ~、
     それより!!! あんたいやらしいわね。見えてるなら見えてるって先にいいなさいよ!!」



    。。。おかん、何ゆうとるねん。。。あほちゃうか!ところでなんや?あの「ちっ!」は?


    「だってぇ~、あんた、全部どけていくって言ったのに、
     あそこの引き出しにスカーフがたくさん残ってたよ
     エルメスは私が使うわね~」


    おかん、使うな! 使用後は、またぐちゃぐちゃにして放置するやろ、使わんでくれ~


    「だってここにあるんだもん~。今作業の途中だからもう電話きるわね。じゃ~ね!」



    ++++
    母の日のプレゼントはもう済んだ。
    先日「交信」していたら、

    「ナビアの荷物に、阪神百貨店の商品券があったのよ~。
     母の日はこれでいいわ。私白いズボン買いたかったから~」


    それは、18年ぶりに阪神が優勝した際の特別柄の商品券だから残していた。
    ちょっとプレミア気分で使いたくなかったけれど、
    それを説明しても理解はされなかった。

    今頃、「白いズボン」に変わっているだろう。

    。。。それでもおかんはおかん。
    今から母の日の電話をしようと思う。

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    トスカーナの旅 ボルテッラ クラッシックカーがいっぱい

    ボルテッラのピリオリ広場に集まったたくさんのクラッシクカー(クリックで別の話)
    オーナーさんたちご自慢の車たちに吸い寄せられるように写真をたくさんとった私。

    こんな素敵なクラッシクカーの維持は大変よね~ とアモーレに何気にもらすと、
    「イタリアではいわゆるクラッシックカーには、車の税金はないんだよ。
     単に維持するのもお金がかかるから、オーナが大変でしょ」
    と言った。

    アモーレが調べてくれたことによると
    20年以上たっている車を政府のチェック機関に検査を申し込むらしい。
    そのチェックに合格すれば、車の税金はかからない。保険料も格安になる。

    クラッシックカー好きにはありがたい制度。
    クラッシックカーを見るのが好きな人にもありがたい制度。
    日本の制度がどうなってるかは知らないけれど、イタリアのこのシステムはなかなか~!!

    これ、ルパンⅢが乗ってる車ですよね?!
    kuruma8

    この運転席は、ルパンが??
    kuruma9

    kuruma1

    クラッシックカーが走るのは、アスファルトよりレンガが素敵
    kuruma2

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    扉には木が使われてます
    kuruma4

    昔はこうやって旅したんだぁ
    kuruma6

    kuruma7

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    この車のオーナー(手前)の完璧な服装!
    kuruma11

    観光客から「エンジン部分を見せて」と言われて、楽しそうに説明しているオーナー
    ところでこの車、バンパーは下側に開けるんですね~。
    kuruma12

    kuruma13

    ロールスロイスの先頭に立つ「フライングレディ」
    後ろの古い建物に似合ってる。
    kuruma14

    ところで。。。
    わたくし全くこれらの車の名前知りません。
    知ってる車があったらどうぞ、コメント欄よりお助けください


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    トスカーナの旅 ボルテッラvolterra

    「サン・ジミアーノsan gimianoまで行くなら、ボルテッラvolterraまで行ってみたら?」
    と、アモーレの友達はアドバイスをくれていた。
    彼は、「ボルテッラの方が感動した」とまで言ってくれたものだから
    それならば!と思う気持ちも強かった。

    お昼ごろにサンジミアーノを出たので(クリックでサンジミアーノの話)

    今日はまだまだ時間がある。
    迷いなくボルテッラへ向かった。

    フィレンツェ、シエナ、サンジミアーノと古い町を旅してきたけれど、
    この町は古い。

    この町自体が紀元前からあるという。
    「エトルリア」という国があり、「エトルリア人」が生活していた。
    ローマ帝国がこの国にやってきたことにより消滅した。
    「エトルリア人」は独自の言葉を持っていたが、現在もすべては解明されていない。
    「トスカーナ」とは、エトルリア語から由来している。。。と、アモーレのガイドブックには書かれている。

    トスカーナを旅してつくづく思うのが、
    「川がないのに文明が発達している」
    ことが不思議でたまらないのに、この町もまた、丘の上にあった。
    volterra1

    町への入り口近くからみた家々の風景は、
    現実離れしたような、「古い町並みのイタリア」がそこにあって、
    映画みたい!!をとおりこして漫画みたい!!つまり完璧すぎ!と思ってしまったべーっだ!

    volterra2

    城壁で囲まれた町
    volterra6

    町への入り口からすっかりボルテッラマジックにかかってしまった。
    町への好奇心も一気に高まった。

    この町も小さい。そして古い。
    そんな路地を地図に沿って歩いていたら、ローマ時代の遺跡が!
    volterra3

    volterra5

    volterra4

    写真では空と判別がつかないけれど、ずっとずっと奥まで緑だった。
    この眺めと、この開放感は他のどの土地にも似たような景色がないような気がする。
    当たり前といったら、当たり前だけれど、、、
    私もアモーレも友達が「この町の方が感動した」と言い切った思いに共感するものが沸いた。

    アモーレは「いいアドバイス、ありがとう!!」と、
    ローマ時代の遺跡を眺めながら友達に電話した。

    電話が終わると他の路地を探検しようと、いったん広場に戻ってみた。
    さっきまでの広場は、クラッシクカーで埋まっている。

    クラッシックカー自慢の人たちが、ピカピカに磨いた車に乗って
    この町まで来ていた。
    帰宅して、ネットで調べたらこの町は、
    クラッシクカーの祭典、Jazzの祭典などいろんなことをやっているらしい。

    繰り返すけれど、本当に小さい町。
    なのに2000年以上も継続して「町」が存在しているのは
    こうした「町のアピール」を他の土地の人に怠らない気質がこの土地の人は強いのかもしれない。

    この町のお土産物屋さんも、少し違って見えた。
    この地域特産の石を使ったお土産屋さんが多かったからかもしれない。
    トスカーナは大理石や石の産地でイタリア建築物の石に使われているものが多い。

    私達もお土産を買った。
    この写真たてには、トスカーナで撮った写真を入れようと思う。

    15Euro(2000円くらい?)でした。安い?高い?
    15euro

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    航空ショー in マッジョレ湖maggiore

    2007-05-07 20:00 / Category: 旅 ☆ ミラノ近郊
    航空ショーに誘われた。
    場所はミラノから電車で1時間ほどのマッジョレ湖。
    ピーカン(ふるっ!)の天気で航空ショーが始まった。

    湖面スレスレに飛ぶ飛行機や、
    girigiri

    編制を組んだ飛行機など観客は沸いていた。
    hensei

    航空ショーの途中にカモが2匹編制を作って同じ空を横切ったのを見て
    みんな一斉に笑い出した。
    カモ達の編制の上手さは十分「人」に伝わったよ

    湖面には白鳥たちが、飛行機を見てるのか人間観察をしてるのか。。。
    ぷかぷか浮かびながら、行ったり来たり
    hakutyo

    そんなのどかな景色を背景に航空ショーも最後に差し掛かった。
    最後の飛行機たちは空にカラフルな色をばらまいた。
    kokki1

    ん?この3色は?
    kokki2

    kokki3

    そうだった、この色は。ここはイタリア。イタリア共和国。

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    トスカーナの旅 サン・ジミアーノ

    2007春 トスカーナの旅 フィレンツェ
    2007春 トスカーナの旅 シエナ1
    2007春 トスカーナの旅 シエナ2
    からの続きの旅。

    次の日。宿から少し遠出になるけれど、1時間ほどトスカーナのブドウ畑を縫って
    サン・ジミアーノという町にも寄ることにした。
    ドライブ中に見えるこの町は映画のようなスケールだった。

    ここは小さな小さな町で、迷うことなく町の中心にすぐに着いた。
    この町は「塔」で有名。
    tou3

    こんな小さな町に最盛期は72塔も塔があったのだという。
    フィレンツェやシエナと力を競うように、つぎつぎと塔を建てた。
    その塔も今は14塔のみが残っている。
    tou1

    tou2

    tou4

    ドライブの途中、大きく、威圧的に町を突き刺すように見えた塔は
    塔の下まで来て見れば、塔がでかすぎて眺めるのも、写真を撮るのも苦労した

    そこへ、通り雨がきそうな天気。風も強くなってきた。
    山のてっぺんにあるこの町の気温は低い。

    この町自体が世界遺産。
    そんな貴重な場所で私が一番感じたのは
    あ~、さむっ!!
    だった。。。。なんてありがたみない。。。


    この町が古いだけじゃないことはうれしかった。
    古い町に行くと、歴史の中に迷い込んだように感じるワクワク感とともに、
    「これからどうなるのだろうか。。」と、少しさびしくなることもある。

    この町は、こんなに小さく、古いのにさびしくなかった。

    観光客が多いのもそうだけれど、
    地元の人が住んでそうな町の路が、新しいレンガで舗装されているのをよく見かけた。
    mich1

    舗装されているということは、人が住み、人が生活しているからだこそだと思う。

    「世界遺産なのに。。。世界遺産らしく古いままで~」

    と思う人もいるかもしれない。
    だけど、私は世界遺産だからこそ町が生きていて欲しいと思う。
    住んでいる人が新しく、今の生活に合わせやすく改造して過ごすことはいいことだと思う。

    一部、アスファルトで舗装されている場所があったあやふやに記憶。。。
    多分、町の中心の規定から外れているところだったのだろう。
    それは少しさびしかったけれど。。。

    実は今回、古い町いくつか訪れて感じたのは「イタリア人の壊さないリフォーム」
    古い町に住んでいる人は、その町が本当に好きらしい。
    もちろんリフォームする際に地域規制なるものがあるのだろうけれど、
    それにしても、外観や、内装をつぶさず、古さを生かしてリフォームしている。

    だから、ここの新しい道路もレンガで作られているのだろうと思った。
    今は、少々新しく見えるこの路。
    大丈夫。50年後、1世紀後にはやっぱりしっくりきているだろうと思った。
    mich2
    この町では新しいほうの路でカルチョをする子供たち

    そろそろ、ぽつぽつに雨も降ってきたし、町もさらっと見学したし、
    2時間も経っていないけれど、場所を移ろうか。と、この場所を後にした。

    雨の中、サンジミアーノから離れていく車の中から見た14の塔は美しかった。

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    トスカーナの旅 シエナ2

    2007春 トスカーナの旅 フィレンツェ
    2007春 トスカーナの旅 シエナ1

    から続いてる旅です。

    トスカーナの広大な大地を見渡しながら着いた場所はシエナ。
    こんな山の奥にどうやって町を築くことを思いついたのだろう。
    と、こういう場所を訪ねたらいつも思う。

    シエナの町を散策してみる。
    細い路地から一気に視界が広がると、そこはカンポ広場。
    canpo

    campo3

    円形の広場。
    ものすごく綺麗に広場が丸い。

    よく見てみると建物が広場に沿って建っている。
    つまり、マンジャの塔《Torre del Mangia》を正面として、
    広場の円形と合わせてビル自体も少し歪んで立てられている。

    なんと表現したらいいのか、ビルに斜頚がかけて建てられている。
    (煙突などが正方形ではなく、平行四辺形になっててね。)

    この広場が綺麗に見えるように広場のビルまで斜めに設計する徹底さ。
    これが何世紀も前に設計されて建設されたことがすばらしい。
    と、建築になんの精通もない私にまで講釈を垂れさせた
    カンポ広場はやはり、すばらしい。キラキラ

    目を足元に向けてみる。
    地面に埋め込まれた赤いレンガのパートに分けるように、8本の白い大理石がはめ込まれている。
    ガイド・アモーレが、貝殻の形を意識していると教えてくれた。
    私は帆立貝がモデルだと思った(真偽はナゾ)。

    そして、これまたマンジャの塔を中心として今度は、地面がすり鉢状の傾斜になっている。

    すり鉢状なのと白いラインが見えますか~
    suribachi

    よく地面を見てみると、レンガの配置が一直線ではなく、
    ジグザグと組まれていて、レンガの向きがそれぞれの一番近い白い大理石に向かっている。
    その白いラインともども、すり鉢状に傾斜がかかっている。
    その先には、少し大きめの穴があった。
    排水溝と思われる。

    「アモーレ!これさ、雨水を全部集中させて貯水するためにこうなってるのよ。
     ほら、このレンガも、この筋も。
     1滴の水も無駄にならないようにすり鉢上に設計されたに決まってるわ!!」

    私はなんて天才なんだと思いながらアモーレに言った。
    残念ながら、ガイドブックには何も書かれていなかったので、
    真偽のほどは分からないけれど、、、

    町中にある排水溝については書かれていたらしい。
    何百年も昔に使った排水溝の出来はすばらしく、今も使っているという。

    川から離れたところに古都がある町を訪れるといつも不思議に思う。

    現代文明でも一番大切なライフラインは水。
    新しい家になって、一番初めに引かれるのは水。
    一番最後に止められるのも水だと聞いたことがある。

    昔ではなおさらのことのはず。
    こんな変わった土地で水の確保は大変だっただろうと考えてみた。

    カンポ広場の設計がそのためかどうか(勝手なナビア論)はどうでもよくなった。

    旅の途中でちょっと真剣に昔の人のことを考えてみたことが日常離れしていていい。

    カンポ広場は「世界でもっとも美しい広場」とも言われるのだという。


    今回見学した場所
    +++++
    Duomo

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    トスカーナの旅 シエナ1

    2007春 トスカーナの旅 フィレンツェ
    からの続きです。

    宿泊したアグリツーリズモ(B&B)は、とってもかわいい建物だった。
    bandb

    案内された部屋の窓を開けると、
    そこには絵に描いたようなトスカーナの風景が!!!
    toscana1

    と思い込んでいたけれど実は、宿は丘と丘の間の谷間、丘間だった
    と、いうわけで窓からは芝生。
    それでも十分贅沢です。はい
    shiba

    さて、次の日の朝。ゆっくり起きて、朝食後のんびり近辺の散策に出かけた。
    そして、トスカーナの緑に目も心も奪われてしばし、思考の停止。
    kiresa-ne-1

    kiresa-ne-2

    kiresa-ne-3

    たくさん感動したらお腹が空いてきた。
    小さな町に立ち寄ったら、かわいいお店があったので、
    mise

    ランチを調達して、シエナに向かった。

    フィレンツェからそう遠くない古都の街。
    シエナはその街の古さと重要さでも有名だけれど
    siena

    ここカンポ広場で毎年夏に行われる
    canpo

    パリオ《PALIO》 と呼ばれる競馬が有名。

    シエナは17区の地域があり、それぞれに旗と名前とがある。
    歩いていると、小さい町だけに、建物にかかげられた旗の色がどんどんと変わっていく。

    お土産屋さんにならぶお皿
    osara

    パリオは、この旗(地域)を背負った馬達が、
    カンポ広場を数週して、優勝をつかむ。といった競馬だけど、
    そう言ってしまうには、あまりに軽い。

    パリオのことが分かり易く説明されているホームページ(クリックで)
    その説明をされている会社のホームページ(クリックで)

    アモーレが
    「パリオは祭りやけど、祭りじゃない。
     もっと精神的に、なんて言うんやろ、ここの人たちはパリオ命~、 」
    と言う。

    岸和田のだんじりと少し共通するところがあるかもしれない。
    それよりさらに歴史は古い。
    と言ったらちょっとニュアンス伝わるかなぁ。

    ちょうど訪れた日はセント.カテリーナ(St.Caterina da Siena)の日で
    (ちなみにイタリアの暦にはほぼ、毎日セイントの誰かの日です)

    彼女がシエナ出身のセイントということもあり、
    町にお祝いのドラム隊が出ていた。
    doram

    「この正装は、パリオの日に見られるものと一緒だよ。」
    とアモーレが言ったので得した気分だった。

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    トスカーナの旅 フィレンツェ

    初めてのトスカーナですっかりトスカーナの虜になってしまった

    美しすぎる。

    人が造った街も、町も、
    人が作った畑も、林も
    人が手を加えていない自然も。

    何もかも美しい。

    写真を撮ろうと構えてみると、収めたいものが大きすぎて、立派すぎて撮ろうにも撮れない。
    1つの街や、教会の一角だけでなく
    トスカーナ中がそんな感じなので、ため息ばかり漏れてました。

    +++
    旅の初めはフィレンツェから。

    アモーレのガイドで宗教画を説明してもらいながらのんびりフィレンツェを散策。
    ガイドと言っても、アモーレもガイドブックを片手にである。
    けれど、育ったバックボーンはさすがで、とても丁寧に教えてくれる。

    それは例えば私達が、「千首観音」と聞いて何か想像できるのと同じ。
    日本は、信仰心に関わらず仏教文化が浸透している。
    イタリアでは「カソリック文化」が浸透している。
    絵画に描かれている場面がどのシーンなのかは絵をみれば分かる。

    そうしてゆっくりといろんなことを聞きながらフィレンツェ散策。

    この芸術品が溢れる街で、生まれて初めて彫刻に衝撃を受けた!!

    ガイドブックにも必ず載っている「メディチ家礼拝堂Cappelle Medicee」
    medicee

    ここにはミケランジェロの彫刻(写真はネットから拝借しました)があって釘付けに。

    今まで彫刻を見る機会があったら
    「すごいなぁ」とか
    「これを作った時どんな気持ちだったんだろう」なんて感激したけれど
    「すばらしい彫刻」だったんですね。
    あくまでも芸術品として見ていたわけです。

    あ、ちなみに私、特に美術に精通しているわけではありません(笑



    ところが今回、初めて彫刻を見て
    「なんで動かないの???」ってすごく不思議になったのが第一印象。
    彫刻されたこの人たちの肌が潤ってて、呼吸してるんです。

    体すべてがふつーの人が寝転んでるのと同じなんです。

    筋肉のたるみ方とか、寝転んだ時の皮膚のしわのより方とか
    なにから、何までふつーなんです。

    礼拝堂から挿す少し少なめの太陽光線と
    彫刻がよく見えるように照らされたライトの加減で
    大理石が肌色に写って、ジーと見ていたら、
    自分自身が呼吸するときにわずかに揺れる感覚が
    「彼らの肌が揺れた」ように感じて、不思議でした。


    ウッフィツィ美術館は、教科書で習ったようなルネッサンスの絵画がわんさか。
    入館には予約を入れるほうが望ましい。予約がないと2時間待ちはあたりまえ。
    私達は予約が取れなかった。

    広場にたつダビデ像(コピーだけど)なんかを写真にとったら
    フィレンツェに来たんだなぁなどと思った。
    Davide

    散策ついでに靴も買った。
    kutsu

    ポンテベッキオも通った。
    ponte

    街をさらっと散策したし、特大の感動もしたし、靴も買ったし。
    ミラノから1人でここまで運転してきたアモーレも少し疲れていた。
    ということで、今日のところは早めに宿に帰ることにした。
    アグリツーリズモと呼ばれるB&Bに宿を取っていた。

    フィレンツェの街を出ると、まもなく、2人とも窓を全開にした。
    「すごーい!!トスカーナっていう雰囲気満開の景色!!!」
    toscana1

    ここでも非常に感動した私はアモーレにこう言った。

    「旅の計画変更しよう!明日は、フィレンツェには戻らない。この辺ブラブラしようよ!!」

    アモーレはこう言った。
    「ええーーーー!! でもウィフィツィ美術館は本当に見る価値あるよ」

    ごもっともである。
    でも私すっかりこの自然に感動してしまった。

    「フィレンツェはミラノから電車でこれるし、日帰りでも行けるかも。 
     せっかく車持ってきてるんだし、アグリツーリズモに泊まるんだし田舎散策の時間を延ばそうよ!!」

    アモーレはさすが私のアモーレである

    「ナビアがいいならOKだよ」


    こうして初フィレンツェ滞在が終わった。
    もちろん、全く見たりない
    それでも、次回フィレンツェ滞在がそう遠くない日になることを願って。

    今回見学した場所
    +++++
    Santa Maria Novella
    Cappelle Medicee
    Duomo

    クリックで別の場所へ~
    2007春 トスカーナの旅 フィレンツェ
    2007春 トスカーナの旅 シエナ1
    2007春 トスカーナの旅 シエナ2
    2007春 トスカーナの旅 サン・ジミアーノ
    2007春 トスカーナの旅 ボルテッラ1

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