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    晴れてイタリア人になりました

    2009-02-21 14:05 / Category: イタリア生活☆見聞録
    晴れてイタリア人になりました。

    と言っても友人の話。
    友人が晴れてイタリア国籍を取得出来たということでささやかなお祝いディナーに出かけた。

    彼女はロシア人でイタリア人の夫があり、イタリア国籍を希望していた。

    イタリア-ロシア間では2重国籍が可能なので、
    彼女は今2つのパスポートを持っている。

    ちなみに日本は重国籍禁止なので私がイタリア国籍をとるならば
    日本国籍は捨てなければならない。

    さらにちなみイタリア国内で出産されたら、子供はイタリア国民となる。
    その場合、日本人の母であっても、子供は2重国籍が可能。
    ただし22歳までに国籍を選択しなければならない。
    もし母親が重国籍可能な国の人間なら子供も一生重国籍で可能である。

    私自身日本で生まれて、1つの国籍でやってきたので、
    2重国籍の人を見るとただ単に「2つも持てていいな~」ぐらいのゆるい考えしかない(・∀・)
    そして、2つの権利があるってことは2つの義務があるってことよね。
    と考えるとめんどくさい。1つでいいや。と思えるし
    私の場合、国籍より投票権をもらえる方が使えるなと思ってしまう。

    確かに現地で生まれ育って2重国籍の環境に慣れてる人なら
    選択する時に、「なぜ選択しなければいけないのか」と考えるだろうし、
    持ってるものを捨てるのは納得いかないものもあるだろう。


    彼女の場合国籍を放棄せずに、新しい国籍を取れるし、やはり国籍は効力が大きい。
    イタリア国籍取得を考えたことは容易に想像できる。

    例えば日本人はビザのいらない国、滞在許可証取得に骨の折れない国は多いが、
    ロシア人ではかなり状況が悪いらしい。
    この辺りの周辺国に行くにもヴィザが必要な国も多い。


    私は国際的に友好的に信用のある国(=日本)でラッキーだったと思う。


    国籍取得式は簡素だったらしい。誓約行えばすぐに終わったと言っていた。
    記念にイタリア法律の本とイタリア国旗が送られたらしい。

    アモーレも彼女の旦那さんも

    「そんなもん、いらんわ」

    とつっこんでいた(・∀・)
    私もいらんわ。読まんわ。かざらんわ。


    彼女が「国旗をもらったの」と言ったのを


    「ソファーをもらったの」
    と私は勝手に解釈して
    (ナビアのリアルなお友達は「出た~、ナビアの思い込み!」と激しく突っ込んでることと思います)



    すごい!イタリア政府!そんなのくれるの~?としばらく驚いたことに、
    周りが驚いてしまった。ははは。



    晴れてイタリア人になった彼女が記念に食べたかったのは
    和食レストランの味噌汁。


    それならいっそ、日本人になりなさい(笑

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    褒めて、褒めて

    2009-02-20 00:38 / Category: OKAN
    先日Xmasとバレンタインのプレゼントとして
    欲しがっていたミシンを買ってもらった。

    特別上手に使えるわけではないけれど、ミシンや手芸は好きだった。

    早速ならしがてらに小袋なんかつくりながら考えた。
    私はこうやってあれこれ考えながら物を作るのが好きなんだって。
    そしていろいろ思い出した。

    子供の頃、授業で作る作品が、学年代表や学校代表で展示されたり、
    どこかへ持って行かれたりしたことがあった。

    編んだマフラー、
    歯磨き週間の絵、レコードジャケットをつくる工作で描いた絵、
    箱の彫刻、書道。


    学校外に持ち出された作品が、賞状と拍手で返してもらえる時はうれしかった。


    そうして誇らしげに持ち帰った作品と賞状をうちの親はあまり関心を示さなかった。
    両親働いていたし、忙しかったし、正直その頃は生活的にもきつかったのも覚えている。
    今はそう理解しているけれど、
    その時、学校での自慢をしても
    「へ~。よかったね~。分かったから早くご飯食べて」という返事が多かった。
    怒ってた日もあったかな。だからそれほど褒められた覚えがない。

    小学校の頃は音読の宿題があった。
    音読をしだすと、「テレビ見るから。だまって」などと言われたことも1度や2度ならず。
    それでも音読の気持ちを込めて読むのが大好きだったので、
    先生たちの研究授業が国語なら、音読する生徒によく選ばれた。
    そんな話も親にはあまり特別なことには思えなかったようで、褒められた覚えはない。

    ある年、自分の作文がなにやら大きい文集に載せる選考会に残ってると言われたことがあった。
    先生は「学校代表で出すから、段落分けして、清書してきて」と言った。
    そんなことを親に話して清書して親にチェックを頼むと
    「はい。よく出来ました」とか2秒で言ってたっけな。読めよ!って今なら突っ込めるけど(笑

    その作文が気になっていたので、後日先生に確認したら別の子が選ばれたと教えられた。
    そして他の子のがきちんと段落分けされていて以前の作文より読みやすくなっていたと説明された。
    子供心に「親がチェックしてくれていたらいけてたかも」とチャンスを逃した気がしてがっかりした。


    (いや~、改めて書くとまるで虐待(笑 でも、親をうらんでるわけでもないですし、そんなもんと思っています。)



    通信簿で見ると私は成績の良くない子供だったし、生活欄には「集中力がない」「忘れ物が多い」
    などと毎度書かれていたので、親として叱る要素はいっぱいある。
    褒める要素が少ない子供だったのだろう。


    それでもあれらのことを褒めてもらっていたら、
    もしかしたらものすごいアーティストになっていたかもしれない?!
    子供なんて誰でも無限の可能性があるはずだから、褒めればいくらでも伸びるはず。
    今の自分がタイムマシンで昔の自分と会えたら、もう絶対褒めまくるな(笑
    自分だけでも、子供の自分を100%信じて褒めまくる。これしかない(笑


    ***


    イタリアでは、子供は褒められて育つ。
    子供を叱らない親 = イタリア人 と言う批判があるくらい子供は愛情たっぷり褒めて育てる。

    日本人に比べてイタリア人は道徳が欠けてると私は思うが
    子供の褒め方、愛情表現に関してはイタリア人が優れていると思う。

    自分にまだ子供は居ないけれど、近所の子や甥っ子たちに接する親戚だけでなく大人全ての
    接し方を見ていて、「ここまでするんだ」と関心することがよくある。
    そこまでされた子供たちはみんな満面の笑顔を浮かべている。

    子供が覚えた詩、作ったおもちゃ、絵、理解の不可解なへんてこな考え、習いたての下手な演奏。
    それらを子供が見せたとき、大人はとにかく褒める。褒める。褒めちぎる。
    そしてダッコしてキスをしてあげる。


    こうして育てられた子供たちは、誰もが「オレ天才。何でもできる」と勘違いして大人になっていく。
    (驚くことに多くのイタリア人に見られる症状(笑 )
    でもそういう勘違いは希望があっていい。


    私は自分の経験から子供は褒めて育てよう。と子供の頃に決心していた。
    そしてイタリアに来て、こういう風に子供を育てたいって思えるお手本がここに普通にある。
    そういうこと学ぶためにイタリアに呼ばれて来たのかな。などと考えてもみた。

    ***

    ミシンを片付けながら思い出した。

    あの幼い頃。
    学校でミシンを習ってしばらくして、百貨店に行ったらたまたまミシンフェアをしていた。
    母は
    「私は全然だめなんです。ミシンとか機械とか。でもこの子ミシンが使えるから」
    「この子器用だから。機械の説明はこの子にしてあげてください」
    と言ってミシンを買ってくれた。
    ミシンの色はピンク。モデルは私が選んで色は母が選んだ。
    母はピンクが好きだから。

    ミシンは幼い私の器用な部分を伸ばしてあげよう母がと購入してくれたもの。
    それで丈上げやパジャマなんかを作ると母は喜んだ。
    そして褒めてくれた。

    私がミシンが好きな理由の潜在意識にはこのことも含まれていると、
    この新しいミシンを見て気がついた。

    褒められた記憶に時効はなく、いつでも温かい思い出として残っている。
    そして無意識に好きなこと、大切なこととして残っていくものだろう。

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    アモーレの弟 実におもしろい。

    2009-02-16 22:40 / Category: そういうの、真似したいなー
    今年のバレンタインはアモーレの弟も一緒だった。仕事のついでにミラノによった。

    ローマならまだしも、ミラノに来ることはなかなかないので彼も3年ぶりだった。
    その頃私はまだ到着していなく、
    アモーレもこの家を借りて住んではいたが半年強の1人暮らしの間は
    私と一緒に家具を選びたいと考えてくれていたので、必要最低限の以下の家具しかなかった。
    そういえばあの頃ネットでアモーレの部屋を見るとひどくガランとしていて寒そうだったな。

    その頃から比べると、今の家を見たらかなりましになったと思ってくれるだろう。
    さらに額や花を買って部屋を飾ってこの日を待っていた。

    彼はやさしい。そして彼は頭がいい。今は物理学関係の仕事をしている。

    初めて彼に会ったのは、実家に泊まった時だった。
    その頃イタリア語はもっとひどかったのだけれど、朝、台所で鉢合わせた。

    「ごめんね~英語喋れなくて。でも少しなら分かるよ」

    とイタリア語で彼は喋りだした。

    私の朝食の準備にとりかかってくれた彼が直前に伏せた本は
    物理学の本で、しかも英語だった。

    「すごい!本読んで分かるなら、英語分かってることよね?」
    と言ったら、
    「うん、なんとなくだけど。イタリア語ではまだ訳されてない本だからね」
    と言っていた。


    それから、会話が止まってしまった私たちの空気に気を使ってくれたのか、
    日本の話をしだした。

    「日本人はすごいよ。優秀だよ」
    「日本の技術は世界を支えてる」
    「以前ある学会で日本人の人2人会ったよ。いい人たちだった。」

    などと、自分と日本の接点をいろいろ挙げてくれて、
    突然、



    湯川秀樹はすごい人だよ。
     あの人の研究が物理会を10年、いや20年はすすませた。」






    と言ってくれたんだけど、名前知ってる!でも実際何した人?!!



    「あ!!子供の頃火鉢に手をつっこんじゃった偉人ね!!」


    。。。あれは野口英世かよ?英世だよ?!と自分の頭でひとりつっこみしてる間に
    彼の口からはどんどん日本人の研究者の名前が出てきていた。

    もう全然知りません。ただ、ぽか~ん。と名前を聞いたっけな。


    アモーレが起きてくるまでの半時間そうして、彼は一生懸命話をしてくれた。
    そうやって日本や日本人のいいところを探して褒めようとしてくれているところに
    やさしさを感じて、ありがたく思った。


    それからというもの
    アモーレの実家に行くたびにいつも気を使ってくれるのはアモーレでなく弟。


    飲み物取ってあげようか。とか
    みんなで見ているニュースやドラマの背景を説明してくれたり、
    姪っ子が私にだっことせがむの見て「ナビアが疲れるだろう」と言って遊びを変えてくれたり、
    とにかく気がつくのはいつも弟。

    そんなアモーレ弟。私は大好き。 と言うと
    「いいやつだけど、あいつの話が真剣になると面白くない。だから彼女が出来ないんだ」
    とアモーレは言う。確かに彼女がいる形跡は全くないけど。
    そんな言い方しなくても。妬いてるのか?!


    ***

    先日、日本でファッショナブルにかっこいい人やのよ
    と言ってアモーレに「ガリレオ」のビデオを見せた。

    ドラマを見た人なら知ってるだろうが、福山雅治がちょっとヘンコな物理学者になってるあのドラマ。

    私は福山雅治をアピールしたかったのだけれど、
    アモーレは物理学者のウンチクが気になったようで、
    うわぁ~(´Д`;) という顔で

    「ほら、これだよ。これ。あいつ(弟)はいつもこうなんだ。
     どうでもいいことを全部1~10まで説明するからね。
     人が興味あるとか、会話とか関係ないんだよ。

    だからみんなひくんだよ!!」

    と言った。

    そういえば、アモーレ弟も「実に面白い(興味深い)」としょっちゅう言っている。
    物理の世界の扉をたたくと言葉まで似るのか?!

    ***

    いつもお世話になっている大好きな弟とアモーレにガトーショコラを作った。
    お寿司もたこ焼き、デザートにチョコフォンデュも作った。

    そうして和洋折衷なバレンタインが終わり、弟はジュネーブへ旅立った。
    来週末、帰りがてらにまた寄れるらしい。

    来週末はしゃぶしゃぶを食べさせるとアモーレは張り切っている。


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    安楽死のその後と拒否権

    2009-02-12 00:05 / Category: イタリア生活☆見聞録
    イタリアで17年間昏睡状態だった女性の安楽死が実行される話の続きです。(クリックで詳細)

    2月の4日に栄養補給チューブをはずされた彼女は2日前、永眠されました。
    この出来事を受けてイタリアでは「安楽死を望む登録」が増えているそうです。

    イタリアの首相ベルルスコーニは
    「裁判でOKでも病院による(回復の見込みがなくても生存していれば)安楽死をさせない」為の
    法案を通そうとしていました。

    この時点で、女性の父親は
    「ベルルスコーニがそう考えるなら、病院に来て娘に会ってみればいい。
     その考えが変わるはずだ」
    といった、怒りのコメントを出してました。

    右派の首相だけにこの決断は、教会への配慮(教会側は安楽死反対)だといわれています。

    首相(大臣クラスconsiglio dei minisri)が
    急を要する重要項目と判断した場合、
    イタリアでは議会を通さず法案を通す方法
    (→decreto legge)があります。


    それは、法案に対する大統領presidente della repubblicaのサインです。
    (イタリアには首相と大統領とどっちもいます。政治的影響は首相にあります。)


    大統領にサインを求めましたが、大統領は拒否しました。


    イタリアの大統領には政治的な権力はほとんどありませんが、
    最大の武器はこの拒否権です。
    拒否出来る効力が首相の暴走を止めるのです。そのための拒否権です。

    ***
    塩野七生さんの本で、
    日本が国連の常任理事国入りを懇願するあまり、
    常任理事国に通常与えられる「拒否権を破棄してもいい」と
    日本が条件を出したことについて「拒否権がない常任理事国なんて意味がない。的がずれている」
    といったことが書かれているのを見たことがあります。

    読んでいたときはピンとこなかったけれど、
    今回の事件で、文章を思い出し、あの意味が少し分かった気がしました。

    つまり、拒否権とは最後の切り札であり、大きな砦であり、守りでもあると考えます。
    ***



    拒否された法案は議会を通して通す方向で今後は調整するようです。


    このブログを読んでる方はきっと他のイタリア関係のブログも読んだりしてる方が多いだろうと
    思いますので、詳細は省きますが、ベルルスコーニに関しては悪いニュースはあれど
    良いニュースはありません。
    特に、外国人がイタリアに居ることに対して過度の反応があり、
    外国人が住んでいくには難しいイタリアになっていく予感があります。

    ある諸説ではムッソリーニの権力を現首相は超えたようです。


    イタリアはこれからどうなっていくのだろう。


    日本も毎日不況のニュースで、慢性的な雇用悪化が進むイタリアでももちろん不況です。

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    尊厳死と安楽死

    2009-02-04 20:18 / Category: イタリア生活☆見聞録
    CNN Newsより-----
    タリアで17年近く昏睡状態にある女性が裁判で争った末に安楽死を認められ、栄養補給チューブを外してもらうために3日、北部ウディネの民間医院に転院した。この女性、エルアナ・エングラロさんは20歳だった1992年、自動車事故で脳に回復不可能な損傷を負って昏睡状態に陥り、父のベッピーノさんが娘の尊厳死を求めて裁判を起こしていた。ベッピーノさんによると、エルアナさんは交通事故に遭う以前、意識不明になった友人を見舞い、もし自分に同じことが起きたらこんな状態で生かされたくないと話していたという。イタリアでは法律で安楽死が禁じられているが、家族が治療を拒否する権利は認められている。ベッピーノさんはこれを根拠に、治療を拒否することによる安楽死は認められるべきだと主張していた。長年にわたる争いの末にイタリアの最高裁は昨年11月、下級審の判断を支持し、治療打ち切りを認める判決を言い渡した。しかし実際に栄養補給チューブを外してくれる病院探しは難航。当初複数の病院が受け入れる姿勢を示したが、厚生省の圧力を受けて引き下がった。最終的に、ウディネにある民間医院が受け入れることになり、エルアナさんは2日夜、これまで入院していたミラノ北部の病院を出て、救急車でウディネの医院に搬送された。カトリック信者が多いイタリアではエルアナさんの安楽死をめぐって大きな論争が起きており、抗議グループがエルアナさんの乗った救急車を妨害しようとする騒ぎもあった。ウディネの医院は判決で定められた条件に従って約3日以内に栄養補給チューブを外し、エルアナさんは約20日で死に至る見通しだという。
    ----

    このニュース、イタリアでは度々報道されていて、
    ここ数日は「いよいよ安楽死させてくれる病院に移送」という観点で報道されていました。

    カトリックの国イタリアでは「安楽死」を認めない人も多く、ローマ法王も反対の立場をとっています。
    ただ、「安楽死」を認める人も多いのも事実です。

    安楽死が娘にとって最善と決めた両親がこれから生きていくまわりには
    必ずしも彼らの意見に肯定的な人だけが周りにいるわけではないですし、
    自分のとった判断に疑いが出てきてしまうときもあるかもしれません。
    娘に対して罪悪感が涌くる夜もあるかもしれません。

    ただ私が娘なら、昏睡時様態の自分を見守りながら歳をとっていく両親を
    17年も見てきたのだから、両親の決断には感謝こそあれ恨みはないといいきれます。

    自分は「安楽死」を希望するとして、
    だけど、親や夫がその立場だったら?ましてや子供だったら?
    安楽死を願えるか?それとも願いと希望をどれだけの期間託し続けて待てるか、不安です。
    半年待ち、数年待ち、10年待ち。
    こちらが待っている時間も
    彼らはどうして欲しかったのかを考えるとその時は自分が壊れてしまいそうです。

    そんな思いをご家族は17年間も過ごしてきた。
    私はそんな思いを長い期間耐えられるだろうか。
    講義行動している人たちは、いざ自分の身になっても同じ選択をしないのだろうか。


    今まで「尊厳死」「安楽死」について事件がある度に考えることはありましたが、
    今でも「どちらかというと安楽死」寄りな意見であって、絶対こっち!と言いきれる
    信念はありません。
    安楽死に対してメリット( 耐え切れない精神・肉体的苦痛からの開放、患者家族の経済負担の軽減、死ぬ権利の尊重 等 )は理解できるのですが、
    デメリット(生死に自己決定権があるので(生きていても迷惑がかかると思い込む等)、死の選択の増徴、
    安楽死法の拡大につながる等)にも頷けるからです。


    死に方を考えると人の生き方について考えさせられます。

    ヨーロッパではベルギー、スイス、オランダで安楽死、尊厳死が認められています。

    人が生きていく為の法律でなく、死ぬための法律があるというのは
    あの世はこの世では操れないのに?!なんとも不思議です。

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    レストラン アルフィーノristorante al filo bormio

    2009-02-04 00:05 / Category: 食べる☆イタリアン
    ボルミオ温泉で訪れたレストラン。
    以前UPしたレストランとは別のところ。こちらも美味なレストラン

    ただいまイタリアdeミラネーゼ ◆◇ オオサカネーゼのイタリア生活 ◇◆-alfino1


    ただいまイタリアdeミラネーゼ ◆◇ オオサカネーゼのイタリア生活 ◇◆-alfino3ただいまイタリアdeミラネーゼ ◆◇ オオサカネーゼのイタリア生活 ◇◆-alfino5
    ただいまイタリアdeミラネーゼ ◆◇ オオサカネーゼのイタリア生活 ◇◆-alfino6ただいまイタリアdeミラネーゼ ◆◇ オオサカネーゼのイタリア生活 ◇◆-alfino7
    レストラン al fino ←クリックでGO
      ※ こちらも1人30ユーロ + ワイン代 の予算で

    -------------------------
    Bormio旅行
    ボルミオ温泉の話
    5つ星Bangi Nuovi Hotelホテルの話

    ボルミオ名物 pizzoccheriピツォッケリ
    Bangi Vecchiホテルの話
    レストラン アルフィーノ ristorante al fino bormio
    -------------------------

    今年の誕生日は豪華だったなぁ
    来年もこんな風に過ごしたいね。って言ったら速攻「無理」って言われたけれど(笑

    贅沢あきらめます(涙
    だけど、こうして笑って自分の誕生日には
    夫とまだ会ってない未来の私たちの子供と一緒にずっと笑って過ごしたいなぁ。


    笑って誕生日を過ごせなかった歳の分笑って過ごしたい。



    服を脱いで、大自然を眺めながらの温泉は心も体も開放される。
    静かに温泉に降る雪を眺めていたら、ふとそんなことを考えた。

    もしかして、ここで黙って温泉に浸かってる人たち。。
    普段はうるさい民族のイタリア人もそんなことを考えてるのかもしれない。

    自然は偉大だなぁ。

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