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    ムール貝のワイン蒸し

    2015-03-30 07:03 / Category: スイス生活☆見聞録
    私はムール貝が好き。
    ここでは気軽に「食べに出かける」となるとピザ屋さんになるが、
    ピザ屋で前菜として「ムール貝のワイン蒸し」や「ムール貝のトマトソース」などを
    扱っているところは多く、シーフードも扱っているピザ屋さんはそれも美味しい。

    ピザを食べに行って、メニューを見て結局ムール貝を頼むことがほぼ8割。
    愛ラブムール貝。

    前菜といってもほとんどの場合1Kgほどの量なので、
    周りのピザの注文と同時に持ってきてもらって、メインとして食べる。
    それでお腹いっぱい、こころも平和~。

    昨日は近くのスーパーがムール貝の特売だった。
    1Kg10フラン(約1250円)ほどだった。
    いつも利用するイタリアのスーパーに比べたら高いなと思ったけれど、
    とても綺麗なムール貝だったので買うことにした。
    1Kgくださいと言ったら、もう閉店だからと1Kg分だけ計量して値段を出して、その後500gもオマケをしてくれた。

    20150329.jpg

    家に帰って早速ムール貝のワイン蒸しにした。
    ぷりぷりとして、臭みのない美味し~いムール貝だった。

    この鍋のサイズは22cm。結構ギリギリ溢れんばかり。
    二人で1,5Kgのムール貝おいしゅうございました♪

    うちはオトナレシピで、にんにく、オリーブオイル、大量のパセリ、ワイン、それにキルシュ(さくらんぼの蒸留酒)も入れる。

    このキルシュ、私が入れる量が多いんだろうな、食べ終わる頃には食事中に飲むワインも手伝って、
    結構ほろ酔い以上になっているのが自分でわかる、でもこの微妙に多い量が止められない、愛ラブこのレシピ(笑


    今日、イタリア側のいつものスーパーに買出しに出かけたら
    ムール貝が1Kg2,8€(約350円)。。。

    !!!そうだった、特売で1Kg1200円前後なのは、ムール貝じゃなくてあさりの値段だった!!!

    国境を行き来して買い物をしていると、こういう思い違いがちらほら出てくるんだわ。。
    こっちのほうが安かった!と悔しさにまた手がでそうになったが。
    でも昨日のムール貝大きかったし、綺麗だっし、何よりオマケもいっぱいしてもらったから。
    と、考え直して。
    愛ラブムール貝だけど、欲張りすぎないように。
    物事も食欲も節度をもって(笑

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    もうイエティにはならない。

    2015-03-26 05:54 / Category: スイス生活☆見聞録
    それにしてもうちの近所は道に人が居ない。
    マンションだってたっているし、部屋に明かりだって灯っているのだが
    日中ほんとに人を見かけない。
    ほんとに千尋の見た町のような、あんな感じ。

    やっほ~~、ヒト~~、どこ~~

    とかやろうかな?と思うほど住宅街で感じる孤独(笑
    人が歩いていない。人をちら見したいわ?

    多分人口が少ないのと、
    それから隣人の生活に悪気なく侵略しまくる性質のイタリア人と、
    遠慮をもって距離を保とうと勤めるスイス人との国民性の違いもあるんだろうし、
    それから車社会だから、車のドア→目的地のドアというのもあるのだろう。

    とにかく家の近所でただ歩いている人、コーヒーを飲みに歩いてる人を見ない。
    ショッピングセンターとか繁華街に出ると人が見れる(笑

    こう人を見ないと、季節の変わり目は本当に困る。
    この時期は毎日ころころ気温が変わるので、外に歩いている人を見て寒さを測るのだけれど、
    誰も通らないと何を着ていいか分からない。

    DSC_1299.jpg 

    先日アモーレとミラノに行った時のこと。

    私は以前のアノ思い出があるので(こちら→今日は山でイノシシ捕まえてました
    もう失敗しないぞ、
    この時期、春の風が吹く時に、この辺りの気温で測って服を着て、
    都会でイエティになったりしないぞ。と
    ととても注意している。

    この日のミラノの最高気温は17度。
    ダウンでは冬のようだわ、薄いコートで。でもあのコートは肩が凝るから、
    そうだわ、ニットだわ、下にもニットを着てあの少し厚いニットを羽織ればいいわ。
    春らしいコーディネートだわ。

    と、外に出た。
    スイスの風は冷たかった。
    アモーレは隣で薄手のダウンを着て、私に「。。。大丈夫?」と言っている。
    ばかね、アモーレ。ミラノに着けばそのダウンを1日中手に抱える羽目になるのに。
    私の忠告聞かないなんて、ねー。

    電車に乗った。
    周りはダウンだらけだった。

    ああ、そうか、この列車の先はもっと北のスイスだから、みんな寒いと思ったんだ。
    仕方ないか、スイスは寒いものね。。。

    ミラノに着いた。
    最高気温17度は絶対嘘だ。
    ニットの網目から北風ピーピュー吹いていた。
    ミラノの街もダウンだらけだった。

    一人だけの春だった。。。とにかく冷える。

    寒さに身を縮めながらDuomo広場あたりでは、ドイツ人を探してみた。
    私の認識ではドイツ人というのは気候に関係なく、太陽が出てれば半そで半ズボンになる。
    だから、寒くても太陽が出てる今日のような日はドイツ人ならきっと半そでだ。
    と同胞を求めて目を右へ左へ。

    でもあの日、ドイツ人を見かけなかった。
    それともドイツ人もあの日は羽織ってしまったか。

    一人イエティになりたくないが、一人春女もサムかった、ミラノ。

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    日食と曇り空

    2015-03-20 23:28 / Category: スイス生活☆見聞録
    20150320-3.jpg
    ミラノのDuomo広場から見た日食@Colliere della sera

    昨日の晩から楽しみにしていた日食は
    このあたりは結局厚い雲に覆われて、ほとんど侵食具合わからなかった。
    それでもたまに途切れる雲の間から欠けた太陽を一瞬でも見ることができた。

    私は日食グラスを持っていないし
    昨日の夜に日食のことを知ったから、今朝、朝一に日食グラスを買いに求めて出かけたとしても
    手に入れられるようなお店がなさそうだったので、これもまた昨日の晩から日食グラス代用の方法を調べてみた。

    「透明な下敷きで代用できたと思うよ」とアモーレ。「それダメだって聞いたことがある」と私。
    「すすのついたガラスも使えるって言うよね」とアモーレ。「。。どうやってそれ作るの、今から。。」と私。

    「あ、昔ならフィルムもいいっていったけど、、そうだ!ナビア前にレントゲンとったでしょ、あれ使えるよ」
    「え~、そうなの?それ知らなかったわ、ちょっと探してみる?」と私。




    。。でもその前に。。とネットで検索してみると、やっぱりレントゲンのフィルムもだめらしい。
    丁寧にNG写真まで載せてあったので、かなりお約束なNGなんだわ。。(笑


    そんなわけで「紙に穴を開けてみる方法 → クリック」で見ようと待機していたけれど、
    結局は使えなかった。曇り空が濃かった。

    それでも新聞紙のWebサイトには日食が見れた写真がUPされていたので、
    うれしくなって見ていたら、

    20150320-2.jpg 
    @Colliere della sera
    あ。。やちゃった。。発見。。私もオジサンと同じことするところだったワ。
    オジサンがあまり凝視していなかったことを願います。

    20150320-1.jpg 
    @Colliere della sera

    次回は、私もメガネと曇り空がないところで見たい!

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    スイス的なのか、イタリア的なのか?

    2015-03-19 00:53 / Category: スイス生活☆見聞録
    P3182026.jpg 
    今朝のモクレン。満開。

    引越ししてから3ヶ月。
    本当なら既に滞在許可証は発行されている時期だけど(と役場関係の人は口をそろえて言う)
    最近は移民が多く、滞在許可証の発行が遅れ気味になっているらしい。

    先日私宛に役場から手紙が届いた。
    滞在許可証がやっと届いた。とほっとした気持ちで封をあけたら、

    「あなたは3ヶ月以上の滞在にも関わらず、健康保険が未加入であり~~罰せられます」

    。。。罰則の通知だった。

    滞在許可証の申請 → 滞在許可証の発行 → それを持って健康保険申込み 

    と通常なるのだけれど、滞在許可証が来ないのでその先には進めなかった。


    滞在許可証出すの遅いとこ、イタリアと大差ないのに、
    罰則だけはきっちり3ヶ月で来るの。。。



    といや~な気持ちになりながら翌日、滞在許可証申請中の用紙を持って、
    健康保険会社にどうしたらいいか聞きに行った。


    こういう話の時は自分の主張を伝えるために、たいてい攻撃モードで行かないといけない。とイタリアで学んだ。
    私は決められた通りのことをやっていたのだけれど、それだけではダメ。
    ああいう方法もあったのにと隠れ情報を言われ、罰金を払うはめになる。というのが常。

    窓口に自分はいかに正規の方法で登録したことを
    時に怒りながら、時に情に訴えながら話を伝えていかなくては
    自分の待っていた3ヶ月が無駄なものに変わる。

    そう思って強い自分で保険会社に行くと、驚くほどスムーズに手続きが済んだ。

    保険会社には滞在許可証の遅延は伝わっているので、この滞在許可証申請中用紙で手続き開始できます。
    入国管理局にはこちらから健康保険加入済みの連絡を入れておきます。とその場でメールもしてくれた。
    それから例の罰金も払わずに済んだ。

    少しスイスとイタリアの違いを感じた。

    なんというか、オーバーに言うと手続きごとに窓口と喧嘩したり、女優にならなくていい。
    話せば聞いてもらえる、証拠を持っていけば目を通してくれるというのはなんともありがたい。

    もちろん、イタリアだってちゃんとしてる窓口だっている(かもしれない。。)
    でも、ちゃんとしていない窓口の人が異常に多いのもこれホント(笑
      例えばこういう窓口の話(フィクションじゃないの~)→ ★クリック

    P3182033.jpg 

    その後、その健康保険加入証明書を市役所に提出しなければいけなかったので
    市役所に立ち寄った。奥から出てきた人が
    「担当の人がバカンス中だから今週は午前中だけ私が兼任しています。明日以降の午前中に来てください」
    と言うので
    「この用紙提出するだけですなんですけど。。Webサイトにも開館日変更されてなかったし。。」
    と答えると
    「午後は私の業務をやってるので、兼任できません。すみませんけど明日以降に」
    と言われその日は引き上げた。

    翌朝、昨日のあの人に昨日はどうも~と言いながら用紙を提出すると「処理しておきます」と言った。
    あれ?とぼーっと立ってる私に、「もう結構ですよ、さようなら」と言った。

    だったら!!昨日受け取ってくれてもよかったのでは。。?
    なんかそこはちょっとイタリア的だわ。。

    腑に落ちないが、ここはスイスの端。
    イタリアとの近くだから、やっぱりそういうこともあるんだろうな。と腑に落とすことにした。

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    ノンナの土鍋

    2015-03-16 23:20 / Category: 夫の実家はカラブリア
    実は、もうノンナ(アモーレのおばあちゃん)が亡くなってから4ヶ月が過ぎた。
    去年あまり良い年ではなかったが、そんな1年が終わろうとする頃、最後に大きく悲しい出来事だった。

    ノンナが亡くなって、祖父母の家は空になった。

    マンマはあれから、祖父母の家に入れなかったという。
    全てのものが目に焼きついているし、状況も思い出すし、とてもじゃないけど悲しすぎるから。

    それでもこのまま放っておくわけにはいかないから。と私とアモーレの帰省中、一緒に祖父母の家に入ることにした。

    お葬儀前後に綺麗にしたので、一通りは片付いているし、
    冷蔵庫等は既に整理されている。


    後は、ゆっくり物を処分していくだけ。マンマはそういって部屋の窓を開けた。

    ノンナは日の光と風にあたるのが好きだったから、
    最後に病院に運ばれるまで、起きてる時間はなるべく窓際に座っていた。
    ベットかから窓までのほんの数歩の空間でも松葉杖は必要だった。
    その松葉杖があの時のまま、窓枠の脇に立てかけられてるのを見て
    ノンナが立てかけたままの松葉杖だ、とマンマは泣き出した。

    私もノンナがこの窓から外を眺めていた姿が想像できて、ノンナがここに居ないことをまた感じた。
    そして泣いた。

    4ヶ月という時間は過去の事にするにはたいして役にはたってなかった、こみ上げる悲しみ。
    そして、人が居なくなるということの重みを感じた。


    ノンナの寝室を出て、マンマが落ち着ちつくのを待って、台所へ移動した。
    捨てる前に鍋やら食器やら、私たちが必要なものがないかとマンマは聞いてきた。

    私たちは木ベラとテラコッタ(土鍋)をもらう事にした。

    随分以前にノンノ(おじいちゃん)からテラコッタをもらって、重宝しているのよ。と話をしたことがあった。
    それから祖父母は帰省するたびに「どれでもいいから持って帰りなさい」と言ってくれていて
    帰省が飛行機なので荷物制限もあって毎度持って帰ってこれるものではないけれど、

    P3162013.jpg 
    今回は小さくて、一番使い込んだテラコッタをもらって帰ってきた。

    P3162015.jpg 
    身内の不思議で、アンティーク嫌いのアモーレでさえこの汚れ具合がなんとも愛おしい。

    P3162012.jpg
    新品だったものも含めて全部ノンノとノンナにもらったもの。
    大切なものだけど、これからもガンガンに使っていこうと思っている。

    カラブリア(とかシチリアとか)には、ピンニャータPignataという豆専用のテラコッタがあって、
    pignata.jpg 
    ↑こういう壺のような鍋。
    ノンナもいくつか持っているのだけれど、私はこの豆の炊き方が分からない & 今の家が電気調理器なので、
    うちに持って帰ってきてもアジがないかな、花瓶になるかな。と躊躇して今回は持って帰ってこなかった。

    でも、うちに並べたテラコッタを見ていたら、やっぱりあと1つ、
    ノンナたちが使ったものがここにあったらなと思った。

    きっと、1つ持って帰ってきても、あと1つ、あと1つと思ってしまうかもしれないのだけれど。
    でもそれは、何か足りない感情を埋めるのではなくて、
    懐かしんだり、ありがたく思ったり、そういうためのものだから。
    悲しむためじゃなくて。

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    トウダイグサの咲く頃

    2015-03-12 21:58 / Category: 夫の実家はカラブリア

    P3091880.jpg

    畑のあぜ道にクローバーや黄色い花たちと混ざって咲いている
    この黄緑色の花は何だろうとずっと思っていた。

    今回の帰省中、その花たちは満開だった。

    名前はトウダイグサという、黄色い花とその周りが燈台を連想させるため。
    花を切ると白い液が出て、被れたり、食べたら吐いたりするらしい。

    なかなか見かけによらずフレンドリーさはない植物だと知った。


    それでも褒めてみるなら、トウダイグサは2年生植物だという。
    こんなに背が低い花なのに、寒い冬を越して春を迎えて一生を終える強さがある。

    P3091892.jpg 
    みんな太陽の方を向いて、がんばっている。

    それにしても触らなくてよかった。
    目新しいものに触りたい病の私にしては上出来だ~。


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    私の小さな哲学の道

    2015-03-11 08:13 / Category: 夫の実家はカラブリア
    今回は2泊3日でカラブリアに帰省してきた。

    こちらは寒いのに、南イタリアはすっかり春でした。

    と書きたいところだけれど、こっちと大差ない温度で逆に驚いた。
    お正月のほうが暖かかったぐらい。

    滞在2日目の雨が降る前に、青空がさす一瞬を狙ってカメラを持って行ってきた。

    PC270933.jpg 
    そこはいつもの畑。
    お父さんが育てている木々がある畑。
    こういう自然があっていいなーと思う一方、
    私には絶対こんな手入れが出来ない(なんでも枯らす女でもある)ことも分かっている。
    人が手塩をかけた畑に立って、自然を感じてる自分はなんて世間知らずの都会っ子だとも思う。

    オレンジを見ながらふと考える。

    誰に見られるわけでなく、一生懸命実をつけるオレンジ。
    大きいのも、小さいのも、皮が不細工なのもある。
    いくつも寄り添って成っているのも、実が木になったまま枯れてしまったものもある。

    強い風が吹くと、オレンジはぽたぽたと落ちてしまう。

    大腕を広げて、葉っぱをつけて栄養をつけて、太陽と経つ日時に育てられて、
    たくさんの実をつけたのに、せっかく大勢したのに、文句も言わず静かに土へと還っていく。
    そのほとんどが実を落とし、土へと還ってっていく。


    なんだか悲しい。

    私が食べて美味しいだのすっぱいだの言うオレンジの数は、ここからごくわずか。
    わずかなものしか私は知らない。


    人生だってそうかもな。

    自分の目に入ってくる情報は本当はとても少ない。きっと知らない物事は膨大なのに
    目の前の物事が全てのように、あれやこれやと言っている間に時間は過ぎていく。


    一生だってそうかもな。

    この木々は雨風に打たれても、暑さや寒さが厳しくても葉っぱを広げ、根を広げ、時期を待って実をつける。
    それなのに、その実がなる時間は短く、簡単に散っていく。
    かわいそうにすら思える。

    でもオレンジに心があるなら、きっと自分自身はそれを短いなんて思っていない。思わない。
    それは、自分とは全く別なものが客観的に見た姿なだけ。


    今の私は目の前にあるオレンジで言うとどのオレンジなんだろう。

     PC270942.jpg

    一人で畑に立って物の栄枯を見ていると、少しの時間そんなことを考えてみる。
    ここは私の取っておきの場所、ここは私の小さな哲学の道。


    まだこれからのオレンジでは青すぎる。
    たっぷりと自信を持って枝についているオレンジもまだ若い。
    風で今にも落ちるオレンジか。
    それとも、ついさっき落ちたような、これから地上の余生が始まるオレンジか。
    ちょっと萎れてきたオレンジか。

    私はどのオレンジだろう。と探してみる。
    アガスティアの葉を捜すみたい、自分の分身を探すみたいに。

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    コモからお引越し3

    2015-03-06 20:03 / Category: ブログ
    こちらからの続きです

    コモからのお引越し1
    コモからのお引越し2

    あの物件を見てから、話し合いをする日々が続いた。

    私はコモの生活も満足してたし、確かにいろんなことが変わりつつあるけれど、
    アモーレの通勤時間が増えたのも申し訳ないけれど、
    今年は不妊治療に専念したいし、なにか家庭に変化があってから引越しを考えたい。
    出来るなら今じゃないほうがいい。
    それに既に知らない土地ではないし、いくらイタリア語で生活できるとはいえ、
    イタリア語圏(で物件を探す)といえど、スイスはスイス、やっぱりそこは外国。

    出来ることなら、私は私の国か相手の国だったら
    習慣として知っていることがたくさんあるから、住みやすいと思うだろう。


    アモーレは、万が一クビになる可能性、転職の可能性を考えたら今のままでは不安だし、
    僕には家族を養う義務があるのだから、ちゃんと整えておきたい。
    とにかくコモは住みやすいけれど、コモに縛られる(親兄弟が居る、家を買った、仕事がここにあるという)理由もない、
    スイスはフロンティエリがスイスへ移住することに対しても規制する方向で考えてるし、
    数年後スイスに住みたいとある日思っても、今より少し難しくなっているかもしれない。

    生活は苦しくなるかもしれないれど、それでも贅沢しなければなんとかやっていける。
    どうしても向こうの生活になじめないならイタリアに戻ってこればいい、これだって自由だよ。

    ただ、今やっておかないと数年後に後悔するのが嫌なんだ。


    そうお互いの考えにすれ違いがありながらも、話続けていたけれど、
    ある日、ふとしたことで決断した。

    それは、こちらからの請求に関しての大家からの返事だった
    (結局家を引き払う時にひと悶着があり、返還してらえた)

    その知らせが届いた時、この家は好きだけどやっぱりここに居て、
    毎度何かの度に大家とのやりとりに我慢する思いをするのが嫌だと思った。

    ここは出たほうがいい。
    私たち二人ともそう思った。

    この時期にこんな気持ちになるのも、きっと何かの縁。
    コモには未練たっぷりだけど出て行くことに決めた。

    P1031322.jpg 
    元旦からオリーブの木に肥料をまくアモーレのお父さん。
    この週末はカラブリア♪ 
    お父さんの誕生日があるのでサプライズ帰省です。楽しみ♪

    つづく~

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    コモからお引越し2

    2015-03-05 02:15 / Category: ブログ
    こちらからの続きです

    コモからお引越し1


    そんな時、電車通勤しているアモーレが手にとった(無料で配布されている地域新聞)新聞で
    地下熱暖房システムやソーラーパネルを使ったエコ賃貸を見つけて帰ってきた。

    もう何ヶ月か、わりとまじめにイタリアかスイスかを話し合っていて、
    スイス行きに納得したわけではなかたけれど、
    この物件自体は面白そうだったし、場所も悪くなかったので、ひょっとしてもありかなと思って見に行くことにした。

    物件は改築した建物で小さいけれど気が利いた建物だった。
    そして地下熱システムや建物に張り巡らされたソーラーパネルの説明などを受けた。
    (お手洗いが日本のようにバスルームと別になっていた。なんとなくうれしい♪)

    いよいよ、家賃もろもろの支払いを説明してもらって、現実に戻った。
    そうだった、スイスは物価が高かった。。
    物件はいいし、改築したての新しいシステムを使っていることも分かっているけれど。。
    駐車場なんて、良くも悪くも適当な区画で割り当てられた今の駐車場から、
    隣の車にこすらない?と思えるほどのぴったり区画で今の倍ほどする(3万円弱)。
    でもコモもここも田舎。。


    スイスに移ることは、単純に家賃等もスイスの物価になるだけでなく、
    毎月の社会保険料という支払いが増えることになる。
    (この時点ではイタリア在住なのでスイスの社会保険料への支払いはなかった)

    この社会保険料の仕組みはすごく複雑で州やオプションにも違いがあるので一概には言えないけれど、
    このあたりでは2人最低6万円強は必要になってくる。


    つまり家賃が上がり、駐車場代が上がり、保険料も入ってくる。。の?。。やっていけないわ?。。。


    「スイスはちゃんと機能してるよ、住みやすいよ。何でも支払いがあることに驚くけど」
    と何度もスイスに住むことになったイタリア人たちが言ってたこと。
    今後、予期せぬ支払いもたくさんあるだろう。


    ひとまず頭の中でそろばんをはじくと(はじかなくても)、大出血のごとくまっかっか!(涙


    私はスイスに渡ることは生活費の不安を抱えるものだと考えるようになった。
    そして悩む日々が始まる。

    P9276028.jpg 
    も~~。いやして~。

    つづく~


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    コモからお引越し1

    2015-03-03 21:32 / Category: ブログ
    今回のお引越しは、そこそこの理由がいくつかあって複雑だった。


    少し長い話になってしまうけれど。


    まずミラノから引越しをした時もスイスで暮らすか悩んだけれど、結局イタリアに留まることにしたのが2011年。
     →ミラノからお引越し


    ※※

    その頃よりイタリアの景気は少し上向いたといえ、
    スイスに仕事を求めて来るイタリアからの求職者は毎年増え続け、
    (イタリア人が特に多く働くティチーノ州Ticinoに限っての話しです)
    去年も前年比約6%増の約4000人のイタリア人がスイスで仕事を見つけています。

    その多くは居住はイタリア、職場はスイスという、フロンティエリfrontieriと呼ばれる人たちです。
    (うちも去年まではそうです)

    そこでスイス側では国民の就職率を守るために、フロンティエリの人数制限検討案もあがっています。
    しかし、スイスは周りの国がUE(ドイツ、フランス、イタリア)なこともあり
    UEの人が自由に行き来できる協定もあるため、容易に制限はできませんが、
    フロンティエリにとっては歓迎できる内容でないだけに、いろんな憶測が流れています。

    そういう先の見えない不安があり。


    それから、イタリアのインプスINPS(全国社会保障機関)と呼ばれる社会保険制度も変わりました。
    フロンティエリが失業した場合、スイス側らイタリアのインプスに失業者の月収の80%を6ヶ月分前払いしています。
    フロンティエリは以前はそれをインプスから受け取れていましたが、
    現在はパーセンテージ関係なくMAX料金が約800Euro(手取り)と決められました。

    さすがに収入のパーセンテージを無視したその制度に反対の声も多く、
    これも議論にあがってはいますが、フロンティエリたちにとっては不安の材料です。
    スイスはイタリアほど労働組合が強くないので、明日解雇ということも十分ありえるだけに不安です。

    失業した時への不安があり。

    ※※


    こういった背景があって、もしもの時のためにスイスに渡っておいたほうがいいかなという気持ちがアモーレにはあって、
    そういう話はよくしてきた。

    実際私たちは家を買ったわけでもないし、お互いの実家から近いわけでもない、
    そこはフレックスに動ける立場だと思う。

    それからもともとアモーレ家には、マンマがスイスで育ったこともあり、
    住みやすさはスイス > イタリア という意識とかスイスに対してとても肯定的とかそういう心理があるのも事実。

    ただ私は、やはり日本への帰国への道も捨てきれないし
    スイスは自分の国でもアモーレの国でもない、よその国なので生きていくのが難しいとも思ったし、
    コモ生活にも慣れてきたのに。という思いもあった。


    アモーレの仕事でここまで来ているのだから、このまま付いていこう、
    確かに私にとっては既に外国だからイタリアもスイスも変わらないという気持ち。

    でも、スイスに行くことに意味があるのか。

    家を買う、仕事が変わる、家族が増える等の変化があってから引越しを考えたい私と、
    家族の未来のために引越しをしておきたいアモーレとの考えの違いがあって、
    何度も話あったし、衝突も。。いっぱい(笑



    それでも引越しを考えるきっかけがいくつかあって、


    スイスの従妹の家で過ごした、ある寒い週末。従妹の家は暖かかった。
    我が家について寒かったので暖房の温度を上げても温度が変わらず、
    暖房を止めて温水暖房器具のチェックをしたら、今度は蓋が閉まらず家中水浸しになってしまい(涙
    二人で寒い中床掃除をしていた時、ここから出て行くと二人で散々誓ったこと。
    つまらないことだけど(笑


    それから、私の滞在許可証更新のこと。
    毎度、滞在許可証更新の時は大変な目にあうのだけれど
    やはり今回も窓口と言い合いになり、アモーレと共にやるせない、怒りの気持ちで帰ってきた。
    あの日の夜、スイスに引越しもありかもって話をしたのを覚えている。
      ※滞在許可証に関して言えば、その後数回こういうことを経て無期限の滞在許可証を手にした。
        2013年の霜月から始めて2014年の夏至頃もらえた。


    あと、2013年年末にイタリアとスイスの電車の時刻表が変わったことで
    1時間程だったアモーレの通勤時間が、20分ほど伸びた。
    田舎から都会へ行くわけでもなく、田舎から田舎へこの通勤時間はあまりに長い。

    P8095078.jpg 
    それからこの物件を見つけたこと。
    結局この家には引越ししなかったけど、地下熱システムを使ったエコな家だった。

    つづく~


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